2013年02月16日
組織
今年初めての投稿。
もう2月も中旬。
歳を取ると時間の流れが早い。
タイでサラリーマンになって、
2年目に突入。
今年も投稿が滞ることが多いと思うが、
サラリーマンをしていると書くことが少ない。
書けることも少ない。
何とも面白くない日々が続いている。
そこで、今年第一弾も会社の愚痴。
組織で仕事をしていれば、
色々と嫌なことも出てくる。
人間関係もやはり難しいし面倒。
わしは日本で会社を辞めてから、
一般的な道からは脱線して、
世間に対して決して自慢出来るような道を選ばず、
後ろめたい生き方をして来たから、
他人の目や世間体が気にならなくなったと、
自分では考えていたが、
会社に入り時間が経つと、
人に認めて貰いたい!!
わしの評価はどうなんだ?
もっと給料上げろ!!
という感情がムクムクと湧き出てくる。
案外、これがサラリーマンが懸命に働く源泉かもしれない。
この会社の本業はわしの専門とは畑違い。
わしの部署は新設に等しく、
皆寄せ集めで人数は少ない。
駐在員もいない。
同じ部署の人でも、
わしがしている仕事はちと違う。
誰もわしの業務のことは分からないし、
誰もわしの管理をしていない。
第一わしがどんな事をしているか知っている人も少ない。
楽と言えば楽で、
わしの性分にも合っているのだが、
現行の主要な仕事は、
色々と幸運に恵まれ、
奇跡的に上手く進んでいるので、
何もしていないように見えてしまう。
仕事が簡単に見えてしまう。
わしも、忙しい!!忙しい!!とアタフタとし、
それとなく上層部にアピールした方が良いかもしれない。
それが出世の道かも。。。
って現地採用には先は無いが。。。。
わしもこの状況のまま仕事をしていると、
昔のような会社人間に戻り、
組織の論理を第一に考え、
日本から赴任している日本人とも、
話が合うようになれるかもしれない。
今のように唐辛子とたっぷりと入れてパパイヤを摺り潰すのではなく、
ごまを摺るようになるだろう。
そうなれば、わしもやっと社会復帰したことになり、
正しい日本のサラリーマンとして、
認められるかもしれない。
でもあの駐在員たちと、
同じ様な考え方や生き方は、
何か嫌だ。
何でだろう?負け犬のプライド?
やはり、何か駐在員に、
嫉妬しているところがあるのだろう。
プール付きの高級コンドーに住み。
運転手が送り迎えして、
毎晩、日本料理屋で、
会社の愚痴を言いながら酒を飲む駐在員。
屋台でホルモンの煮込みを食いながら、
駐在員の愚痴を肴に、
安酒を飲むわしとは大分違う。
でも、やはりあの人達の様にはなりたくない。
あの人達は組織の中で、
揉まれ、溺れ、足掻き、傷を舐め合いながら、
蹴落としている。
それでも組織から逃れることは出来ない。
組織を拠り所にしている。
わしにはその様に見える。
やはり、その中にどっぷり浸かるのは、
負け犬には辛い。
もう2月も中旬。
歳を取ると時間の流れが早い。
タイでサラリーマンになって、
2年目に突入。
今年も投稿が滞ることが多いと思うが、
サラリーマンをしていると書くことが少ない。
書けることも少ない。
何とも面白くない日々が続いている。
そこで、今年第一弾も会社の愚痴。
組織で仕事をしていれば、
色々と嫌なことも出てくる。
人間関係もやはり難しいし面倒。
わしは日本で会社を辞めてから、
一般的な道からは脱線して、
世間に対して決して自慢出来るような道を選ばず、
後ろめたい生き方をして来たから、
他人の目や世間体が気にならなくなったと、
自分では考えていたが、
会社に入り時間が経つと、
人に認めて貰いたい!!
わしの評価はどうなんだ?
もっと給料上げろ!!
という感情がムクムクと湧き出てくる。
案外、これがサラリーマンが懸命に働く源泉かもしれない。
この会社の本業はわしの専門とは畑違い。
わしの部署は新設に等しく、
皆寄せ集めで人数は少ない。
駐在員もいない。
同じ部署の人でも、
わしがしている仕事はちと違う。
誰もわしの業務のことは分からないし、
誰もわしの管理をしていない。
第一わしがどんな事をしているか知っている人も少ない。
楽と言えば楽で、
わしの性分にも合っているのだが、
現行の主要な仕事は、
色々と幸運に恵まれ、
奇跡的に上手く進んでいるので、
何もしていないように見えてしまう。
仕事が簡単に見えてしまう。
わしも、忙しい!!忙しい!!とアタフタとし、
それとなく上層部にアピールした方が良いかもしれない。
それが出世の道かも。。。
って現地採用には先は無いが。。。。
わしもこの状況のまま仕事をしていると、
昔のような会社人間に戻り、
組織の論理を第一に考え、
日本から赴任している日本人とも、
話が合うようになれるかもしれない。
今のように唐辛子とたっぷりと入れてパパイヤを摺り潰すのではなく、
ごまを摺るようになるだろう。
そうなれば、わしもやっと社会復帰したことになり、
正しい日本のサラリーマンとして、
認められるかもしれない。
でもあの駐在員たちと、
同じ様な考え方や生き方は、
何か嫌だ。
何でだろう?負け犬のプライド?
やはり、何か駐在員に、
嫉妬しているところがあるのだろう。
プール付きの高級コンドーに住み。
運転手が送り迎えして、
毎晩、日本料理屋で、
会社の愚痴を言いながら酒を飲む駐在員。
屋台でホルモンの煮込みを食いながら、
駐在員の愚痴を肴に、
安酒を飲むわしとは大分違う。
でも、やはりあの人達の様にはなりたくない。
あの人達は組織の中で、
揉まれ、溺れ、足掻き、傷を舐め合いながら、
蹴落としている。
それでも組織から逃れることは出来ない。
組織を拠り所にしている。
わしにはその様に見える。
やはり、その中にどっぷり浸かるのは、
負け犬には辛い。
2012年12月29日
一年を振り返って
日本でサラリーマンを辞めたのが、
2001年の1月末。
正しいサラリーマンだったわしには、
有給がほとんど残っていたので、
12月には休みに入り、
タイとネパールをウロウロしていた。
今年になって、
前の業種に出戻ったので、
丁度10年のブランクになる。
一昔前。
しかも、出戻り先が日本ではなくタイ。
苦手な英語やタイ語に囲まれての業務。
今年の一年は色々な事があり、
もし、わしが長生きしたならば、
あの時のわしはな~と、
何度も何度も話すに違いない、
人生の転機と言って良い年だったと思う。
大いに悲しみ、嘆き、憤怒し、
そして、大いに酒を飲み、鬱憤を発散し、
遊んだ。
そんな年だった。
1年を振り返って見ると。。。。
この10年。
一番の働き盛りの時に、
のほほんと生きていたわしが、
社会復帰して通用するかどうか、
凄い不安だった。
でも、不思議なもので、
思ったより引き出しには昔の知識が残っている。
引き出しがどこにあるか探すのが大変なときもあるが、
まあ、何とかなる。
ブログを書いていたので、
文章を書くことも苦にならない。
CADも10年も使ってないと、
バージョンアップされ、
使い方も分からなくなっているが、
今はネットで検索すれば、
解説が出てくる。
便利な世の中だ!!
スケッチアップという3Dのソフトは、
何と無料。
十分に仕事で使える。
昔なら何十万とするソフトだろう。
無料なので、
お客さんも3Dの世界で、
物事を検討することが出来る。
便利な世の中だ!!
今の仕事は日本にいるお客さんとやり取りがほとんどだが、
そのほとんどはメール。
メールだけで様々な事を決めて行く。
昔なら図面を青焼きして持って行くか、
宅配便で送ったものだが、
今はメールに添付。
それで済んでしまう。
ホント便利な世の中だ!!
昔なら考えられない。
グローバルな世界。
日本にいた頃には夢にも思わなかった世界。
わしって何か格好いいと感違いしてしまう。
勿論、海外で仕事をすると困ること多い。
タイで一般的でない工法や材料もそう。
日本では当たり前でも、
タイで対応出来るかどうかが分からない。
そしてタイの法律。
タイは一応法治国家なので、
根拠となる法律ぐらい把握していないと。
お客さんと話が出来ない。
でも、タイ人に聞いても、的確な答えは返ってこない。
タイ語の法律は勿論読めない。
困ったことに、
「タイですから。。。。」
「タイではこんなものです。。。。」
「アンダーグラインドの世界です。。。。。」
みたいないい加減な考えが横行している。
確かにそんな面も多いのも分かるし、
それがタイの魅力の一つなのだろうが、
それでは困る。
それに、やはりタイ人との仕事。
感覚の違い、常識の違い、価値感の違いなどで、
苦労する。
まあ、相手も技術者なので、
知識も経験もある。
日本人同士なら、
味噌汁を作ってくれと指示すると、
出しはアゴにしますか?
それともかつおと昆布で?
具は大根で良いですか?
という話になるが、
タイ人だと、
味噌って?
海藻で出しを?
と言う所から説明がいる。
拙いタイ語で指示し、
それで、出来た味噌汁には、
唐辛子やカー、マナオ、パクチーが入っていたりする。
その方が美味しいと思っているのだから、
仕方ない。
今の会社では、
わしは現地採用の気軽な立場。
わしを管理する人も実質的にはいない。
業務のほとんどを自分で判断し、
自分勝手に遂行している。
日本から来た駐在員は何かと大変そう。
精神的に病む人も珍しくない。
やはり、どこか逃げ道を作っていることは大切なことだと思う。
今の会社は世界的な企業グループだから、
その傘下にいる利益は大きく、
安心する面はあるのだろう。
でも、それで精神が壊れたら意味がない。
一度、組織から抜けると、
そんな呪縛は馬鹿らしいことが分かるが、
中にいるとなかなか分からない。
まあ、今のところ、
大きな問題もなく楽しく仕事をしている。
しかし組織に入ると窮屈なこともあるし、
不満も出てくる。
入社当初は、入れただけで感謝していたのに。。。
人間って勝手なものですね。。。
正月休みは31日と元旦のみ。
2日から仕事。
さて、何をするかな。
どぅせ酒をくらって寝るだけの正月になりそうだが。。。。
皆様よいお年を!!
2001年の1月末。
正しいサラリーマンだったわしには、
有給がほとんど残っていたので、
12月には休みに入り、
タイとネパールをウロウロしていた。
今年になって、
前の業種に出戻ったので、
丁度10年のブランクになる。
一昔前。
しかも、出戻り先が日本ではなくタイ。
苦手な英語やタイ語に囲まれての業務。
今年の一年は色々な事があり、
もし、わしが長生きしたならば、
あの時のわしはな~と、
何度も何度も話すに違いない、
人生の転機と言って良い年だったと思う。
大いに悲しみ、嘆き、憤怒し、
そして、大いに酒を飲み、鬱憤を発散し、
遊んだ。
そんな年だった。
1年を振り返って見ると。。。。
この10年。
一番の働き盛りの時に、
のほほんと生きていたわしが、
社会復帰して通用するかどうか、
凄い不安だった。
でも、不思議なもので、
思ったより引き出しには昔の知識が残っている。
引き出しがどこにあるか探すのが大変なときもあるが、
まあ、何とかなる。
ブログを書いていたので、
文章を書くことも苦にならない。
CADも10年も使ってないと、
バージョンアップされ、
使い方も分からなくなっているが、
今はネットで検索すれば、
解説が出てくる。
便利な世の中だ!!
スケッチアップという3Dのソフトは、
何と無料。
十分に仕事で使える。
昔なら何十万とするソフトだろう。
無料なので、
お客さんも3Dの世界で、
物事を検討することが出来る。
便利な世の中だ!!
今の仕事は日本にいるお客さんとやり取りがほとんどだが、
そのほとんどはメール。
メールだけで様々な事を決めて行く。
昔なら図面を青焼きして持って行くか、
宅配便で送ったものだが、
今はメールに添付。
それで済んでしまう。
ホント便利な世の中だ!!
昔なら考えられない。
グローバルな世界。
日本にいた頃には夢にも思わなかった世界。
わしって何か格好いいと感違いしてしまう。
勿論、海外で仕事をすると困ること多い。
タイで一般的でない工法や材料もそう。
日本では当たり前でも、
タイで対応出来るかどうかが分からない。
そしてタイの法律。
タイは一応法治国家なので、
根拠となる法律ぐらい把握していないと。
お客さんと話が出来ない。
でも、タイ人に聞いても、的確な答えは返ってこない。
タイ語の法律は勿論読めない。
困ったことに、
「タイですから。。。。」
「タイではこんなものです。。。。」
「アンダーグラインドの世界です。。。。。」
みたいないい加減な考えが横行している。
確かにそんな面も多いのも分かるし、
それがタイの魅力の一つなのだろうが、
それでは困る。
それに、やはりタイ人との仕事。
感覚の違い、常識の違い、価値感の違いなどで、
苦労する。
まあ、相手も技術者なので、
知識も経験もある。
日本人同士なら、
味噌汁を作ってくれと指示すると、
出しはアゴにしますか?
それともかつおと昆布で?
具は大根で良いですか?
という話になるが、
タイ人だと、
味噌って?
海藻で出しを?
と言う所から説明がいる。
拙いタイ語で指示し、
それで、出来た味噌汁には、
唐辛子やカー、マナオ、パクチーが入っていたりする。
その方が美味しいと思っているのだから、
仕方ない。
今の会社では、
わしは現地採用の気軽な立場。
わしを管理する人も実質的にはいない。
業務のほとんどを自分で判断し、
自分勝手に遂行している。
日本から来た駐在員は何かと大変そう。
精神的に病む人も珍しくない。
やはり、どこか逃げ道を作っていることは大切なことだと思う。
今の会社は世界的な企業グループだから、
その傘下にいる利益は大きく、
安心する面はあるのだろう。
でも、それで精神が壊れたら意味がない。
一度、組織から抜けると、
そんな呪縛は馬鹿らしいことが分かるが、
中にいるとなかなか分からない。
まあ、今のところ、
大きな問題もなく楽しく仕事をしている。
しかし組織に入ると窮屈なこともあるし、
不満も出てくる。
入社当初は、入れただけで感謝していたのに。。。
人間って勝手なものですね。。。
正月休みは31日と元旦のみ。
2日から仕事。
さて、何をするかな。
どぅせ酒をくらって寝るだけの正月になりそうだが。。。。
皆様よいお年を!!
2012年12月08日
父の日に思ったこと
父の日
12月5日は国王誕生日で休日。
母の日は王妃の誕生日。
この日も休日。
この両日は酒の販売を禁止していたように記憶していたので、
5日は期待せずに外に出たら、
ネオンが輝いていた。
ついつい寄って酔ってしまった。
通常通り酒の販売をしていたし、
飲み屋もほぼ普通に営業していた。
くだらん規制は無くなったのだろう。
父の日は帰省する人が多い。
父親に会いに行くのだ。
わしみたいに海外で生活していると、
帰省することは滅多にない。
特にサラリーマンになってしまったので、
今後は更に、
プライベートで帰国することが、
少なくなるだろう。
タイの正月は4月のソンクラーンなので、
西暦の正月は余り休みがない。
今の会社は日系なので、
多少はあるかもしれないが、
帰省するには、
短すぎるし、
席を確保するのも今からでは困難だろう。
そもそも先立つ物もない。
今年も暑い新年の迎えることになりそうだ。
さて、正月は何をするかな~。
12月5日は国王誕生日で休日。
母の日は王妃の誕生日。
この日も休日。
この両日は酒の販売を禁止していたように記憶していたので、
5日は期待せずに外に出たら、
ネオンが輝いていた。
ついつい寄って酔ってしまった。
通常通り酒の販売をしていたし、
飲み屋もほぼ普通に営業していた。
くだらん規制は無くなったのだろう。
父の日は帰省する人が多い。
父親に会いに行くのだ。
わしみたいに海外で生活していると、
帰省することは滅多にない。
特にサラリーマンになってしまったので、
今後は更に、
プライベートで帰国することが、
少なくなるだろう。
タイの正月は4月のソンクラーンなので、
西暦の正月は余り休みがない。
今の会社は日系なので、
多少はあるかもしれないが、
帰省するには、
短すぎるし、
席を確保するのも今からでは困難だろう。
そもそも先立つ物もない。
今年も暑い新年の迎えることになりそうだ。
さて、正月は何をするかな~。
2012年11月16日
戦い
灯が落ちたネオン。
おばさんが、
未明まで繰り広げられた狂気を、
ホコリやゴミと一緒にホウキで掃き出している。
欲望やウサや怒りや悲しみ、そして一時の歓喜も、
重力に抗うことは出来ず、
床に舞い落ち、
ごちゃごちゃになり、
モップで拭かれる。
巾員数m。
長さ200mもみたない通りの早朝は、
思いのほかに綺麗に掃除されている。
通勤、通学する客を乗せた、
バイクタクシーが引切り無しに通り過ぎる。
歓楽街の早朝に見られる、
殺風景な気怠さは感じられない。
日常が戻った歓楽街。
消えた派手な看板と、
閉まった店。
そこを、何事もないように学生服を着た学生が通り過ぎる。
何とも不思議な雰囲気。
その一方で、飲み屋で夜を明かした、
酔っ払いのネーちゃんや白人が、
千鳥足で歩いている姿があったり、
朝8時前だというのに、
ディスコ調の音楽がどこからか流れてきたりする。
この通りのどこかで、
まだ、狂気が続いているのだろう。
ソイカウボーイ。
タイでも有数の歓楽街だ。
ここの客はほとんどが外国人。
タイ人はほぼいない。
人間は綺麗事だけでは生きて行けない。
表があれば裏がある。
闇は暗いほど、
陽は眩しい。
光と影。
この影の部分が、
人々を引きつけて止まない。
この通りの店に、
タイ人女性の友達を連れて行ったことがある。
何か異次元の世界を見ている様子で、
後日「怖かった」と言っていたが、
表の人にはここは異次元なのかもしれない。
これも現実。
影に潜み輝く女性もいる。
これはタイに限ったことではない。
日本だって勿論ある。
ただタイはその敷居が極めて低い。
わしのアパートから会社まで、
歩いて30分弱。
丁度中間当たりにこの通りがある。
通勤の途中、
気分転換にこの通りを歩く。
清々しい朝に、
毒毒しい通り。
これから仕事をする身にとって、
何故か気負いがなくなる。
仕事が終わり、
帰りもこの通りを通ることが多い。
朝とは全く違う。
ネオンが輝き、
観光客が行き交う。
オネーちゃん、おばちゃん、オカマが、
だるそうに客引きをしている。
しかし、毎日のように通ると、
わしに声を掛けて来ることもなくなる。
今では、この通りの店に立ち寄ることもほぼない。
珍獣ハンターイモトのように、
めざせ!!全店制覇。とも思うが、
そんな気力も経済力もない。
それにしても、
会社からアパートまで、
歩いて帰る間に、
どれだけ誘惑があることだろう。
この誘惑に勝てる男はいない。
居たらそれは変人かホモだ。
あっちにフラフラ、
こっちにフラフラ。
煩悩との戦いは終わりそうにない。。。。。
おばさんが、
未明まで繰り広げられた狂気を、
ホコリやゴミと一緒にホウキで掃き出している。
欲望やウサや怒りや悲しみ、そして一時の歓喜も、
重力に抗うことは出来ず、
床に舞い落ち、
ごちゃごちゃになり、
モップで拭かれる。
巾員数m。
長さ200mもみたない通りの早朝は、
思いのほかに綺麗に掃除されている。
通勤、通学する客を乗せた、
バイクタクシーが引切り無しに通り過ぎる。
歓楽街の早朝に見られる、
殺風景な気怠さは感じられない。
日常が戻った歓楽街。
消えた派手な看板と、
閉まった店。
そこを、何事もないように学生服を着た学生が通り過ぎる。
何とも不思議な雰囲気。
その一方で、飲み屋で夜を明かした、
酔っ払いのネーちゃんや白人が、
千鳥足で歩いている姿があったり、
朝8時前だというのに、
ディスコ調の音楽がどこからか流れてきたりする。
この通りのどこかで、
まだ、狂気が続いているのだろう。
ソイカウボーイ。
タイでも有数の歓楽街だ。
ここの客はほとんどが外国人。
タイ人はほぼいない。
人間は綺麗事だけでは生きて行けない。
表があれば裏がある。
闇は暗いほど、
陽は眩しい。
光と影。
この影の部分が、
人々を引きつけて止まない。
この通りの店に、
タイ人女性の友達を連れて行ったことがある。
何か異次元の世界を見ている様子で、
後日「怖かった」と言っていたが、
表の人にはここは異次元なのかもしれない。
これも現実。
影に潜み輝く女性もいる。
これはタイに限ったことではない。
日本だって勿論ある。
ただタイはその敷居が極めて低い。
わしのアパートから会社まで、
歩いて30分弱。
丁度中間当たりにこの通りがある。
通勤の途中、
気分転換にこの通りを歩く。
清々しい朝に、
毒毒しい通り。
これから仕事をする身にとって、
何故か気負いがなくなる。
仕事が終わり、
帰りもこの通りを通ることが多い。
朝とは全く違う。
ネオンが輝き、
観光客が行き交う。
オネーちゃん、おばちゃん、オカマが、
だるそうに客引きをしている。
しかし、毎日のように通ると、
わしに声を掛けて来ることもなくなる。
今では、この通りの店に立ち寄ることもほぼない。
珍獣ハンターイモトのように、
めざせ!!全店制覇。とも思うが、
そんな気力も経済力もない。
それにしても、
会社からアパートまで、
歩いて帰る間に、
どれだけ誘惑があることだろう。
この誘惑に勝てる男はいない。
居たらそれは変人かホモだ。
あっちにフラフラ、
こっちにフラフラ。
煩悩との戦いは終わりそうにない。。。。。
2012年11月15日
ずれ
話が合わない。
タイ人とではない。
タイ人とはそもそもそんな難しい話が出来ない。
日本人と会話していて、
何か価値観や考え方みたいな物にずれを感じるのだ。
何でだろうと考えていたら、
わしの方が変のだと気が付いた。
一般的な日本人とは違って来ていると。。。
わしは日本のサラリーマンを辞めて、
十年以上が過ぎたことは何度も書いたが、
この激動の10年間で、
わしの考えや価値感が、
相当日本人の一般的なそれとは、
ずれて来ているのだろう。
わし自身はそんな意識はないのだが。。。。
タイに在住している人で、
タイに馴染めない人が居る。
特に真面目で年を重ねている人の中には。
歳を取るということは、
経験を積むということ。
その分、物事を判断する物差しは確立されているから、
同じ尺度の物なら決断が早い。
正確に測れる。
しかし、尺度の違う物は・・・・
解釈が狂ってくる。
当然正確に測れない。
中々順応出来ないのはその為ではないかと思う。
子供はまだ物差しが曖昧だから、
自分の尺度を変え易い。
つまり順応し易いと。。。
その代わり、異文化の中でアイデンティティーは破壊され、
それを再構築するには相当な苦難があるに違いない。
わしも日本でサラリーマンを続けていたら、
考え方はそんなに変わってなかっただろうと思う。
今ほどずれてはいなかったに違いない。
企業という傘から飛び出し、
肩書きのない世界で生きてきた経験は、
(日本人という肩書きは海外で生きる上では大きい存在だが。。。)
仕事の面で生かさせているかはどうかは分からんが、
生きる上では有益になっていると感じている。
常識はその地域に占める割合の多い人々の価値観で決まってくると思うが、
農業立国であるタイと、
サラリーマンが多い日本とは、
常識がもちろん違っている。
自然を相手にするということは、
インプットをしても、
思うようなアウトプットが出て来ない。
毎日、規則正しく肥料や水を与えても、
環境によって実の大きさや美味しさ、収穫量は違ってくる。
天候によっても大きく左右される。
計画性がなく、
刹那的なタイ人に、
タイで仕事をする日本人の多くは、
不満を感じるのだろう。
、
年を取れば取るほど、
自分を変えることは困難だ。
日本の価値観、やり方が正しいと刷り込まれている。
やはり海外で暮らすということは、
物差しを変える必要があるのだろう。
確立された物差しの尺度を変えることは困難だろうから、
新たに物差しを作る必要があるのかもしれない。
それに気が付き、
今までの物差しを捨てる。
それが海外で馴染めるかどうかのカギだと思う。
もし、わしがタイに馴染んでいるとしたら、
それは、単にいい加減な性格で、
何のこだわりも無いからかもしれない。。。。
タイ人とではない。
タイ人とはそもそもそんな難しい話が出来ない。
日本人と会話していて、
何か価値観や考え方みたいな物にずれを感じるのだ。
何でだろうと考えていたら、
わしの方が変のだと気が付いた。
一般的な日本人とは違って来ていると。。。
わしは日本のサラリーマンを辞めて、
十年以上が過ぎたことは何度も書いたが、
この激動の10年間で、
わしの考えや価値感が、
相当日本人の一般的なそれとは、
ずれて来ているのだろう。
わし自身はそんな意識はないのだが。。。。
タイに在住している人で、
タイに馴染めない人が居る。
特に真面目で年を重ねている人の中には。
歳を取るということは、
経験を積むということ。
その分、物事を判断する物差しは確立されているから、
同じ尺度の物なら決断が早い。
正確に測れる。
しかし、尺度の違う物は・・・・
解釈が狂ってくる。
当然正確に測れない。
中々順応出来ないのはその為ではないかと思う。
子供はまだ物差しが曖昧だから、
自分の尺度を変え易い。
つまり順応し易いと。。。
その代わり、異文化の中でアイデンティティーは破壊され、
それを再構築するには相当な苦難があるに違いない。
わしも日本でサラリーマンを続けていたら、
考え方はそんなに変わってなかっただろうと思う。
今ほどずれてはいなかったに違いない。
企業という傘から飛び出し、
肩書きのない世界で生きてきた経験は、
(日本人という肩書きは海外で生きる上では大きい存在だが。。。)
仕事の面で生かさせているかはどうかは分からんが、
生きる上では有益になっていると感じている。
常識はその地域に占める割合の多い人々の価値観で決まってくると思うが、
農業立国であるタイと、
サラリーマンが多い日本とは、
常識がもちろん違っている。
自然を相手にするということは、
インプットをしても、
思うようなアウトプットが出て来ない。
毎日、規則正しく肥料や水を与えても、
環境によって実の大きさや美味しさ、収穫量は違ってくる。
天候によっても大きく左右される。
計画性がなく、
刹那的なタイ人に、
タイで仕事をする日本人の多くは、
不満を感じるのだろう。
、
年を取れば取るほど、
自分を変えることは困難だ。
日本の価値観、やり方が正しいと刷り込まれている。
やはり海外で暮らすということは、
物差しを変える必要があるのだろう。
確立された物差しの尺度を変えることは困難だろうから、
新たに物差しを作る必要があるのかもしれない。
それに気が付き、
今までの物差しを捨てる。
それが海外で馴染めるかどうかのカギだと思う。
もし、わしがタイに馴染んでいるとしたら、
それは、単にいい加減な性格で、
何のこだわりも無いからかもしれない。。。。
2012年11月13日
記憶
もの食う人々
辺見庸著
手元にある文庫本を見ると、
平成9年初版とある。
わしの記憶が確かなら、
書店で平積みされていた本を手に取った記憶があるから、
その頃読んだのだろう。
結構、感動したのを覚えている。
今、わしが読む本は20Bの古本がほとんど。
古本屋の書棚にあったカバーもないこの本を見つけ、
新鮮味はないけど、
もう一回読んでみっかと購入。
本をめくる。
こんな内容の本だったけ???
覚えていない。
海外の食を扱った本という記憶はあるものの、
内容は全く覚えていない。
読み続けても思い出すこともない。
人間の記憶なんていい加減。
まあ、同じ現象を見ても、
人によって記憶される印象は違うのだから、
十数年前の記憶なんて、
ほとんどが自分の都合の良いように、
変換されているのだろう。
読むのは2回目(のはず)だが、
結構面白い。
それに、十数年前のわしと、
今のわしでは、
価値観、考え方が違っているだろうから、
感じ方は違っていただろう。
それにしても、
家でネットが出来るようになると、
やっぱり本を読むのが激減。
本は積まれたまま。
どうしたものか。。。。
話はガラリと変わるが、
脇腹が痛い。
昨夜、酔っ払って、
部屋の中でコケた。
酔っていたので、
あまり記憶がない。
そのまま寝たが、
今日は脇腹に激痛が走る。
相変わらずアホやな~。。。
こんな生活は、
十数年前と余り変わらない。
わしには、
品行方正な生活なんて無理やな。
まあ、こんな繁華街の真ん中に住んでいて、
飲むのを我慢できるような奴とは、
大きな壁があるような気がするけど。。。
今日は昨夜の反省をして、
飲まずに、
大人しくこのブログを更新しているが、
昨夜の記憶も薄れ、
脇腹の痛みが癒えたころ、
また同じ過ちをするに違いない。
記憶なんていい加減な方が、
人間が生きて行く上で、
都合が良いのだろう。
忘れることも才能の一つ。
辺見庸著
手元にある文庫本を見ると、
平成9年初版とある。
わしの記憶が確かなら、
書店で平積みされていた本を手に取った記憶があるから、
その頃読んだのだろう。
結構、感動したのを覚えている。
今、わしが読む本は20Bの古本がほとんど。
古本屋の書棚にあったカバーもないこの本を見つけ、
新鮮味はないけど、
もう一回読んでみっかと購入。
本をめくる。
こんな内容の本だったけ???
覚えていない。
海外の食を扱った本という記憶はあるものの、
内容は全く覚えていない。
読み続けても思い出すこともない。
人間の記憶なんていい加減。
まあ、同じ現象を見ても、
人によって記憶される印象は違うのだから、
十数年前の記憶なんて、
ほとんどが自分の都合の良いように、
変換されているのだろう。
読むのは2回目(のはず)だが、
結構面白い。
それに、十数年前のわしと、
今のわしでは、
価値観、考え方が違っているだろうから、
感じ方は違っていただろう。
それにしても、
家でネットが出来るようになると、
やっぱり本を読むのが激減。
本は積まれたまま。
どうしたものか。。。。
話はガラリと変わるが、
脇腹が痛い。
昨夜、酔っ払って、
部屋の中でコケた。
酔っていたので、
あまり記憶がない。
そのまま寝たが、
今日は脇腹に激痛が走る。
相変わらずアホやな~。。。
こんな生活は、
十数年前と余り変わらない。
わしには、
品行方正な生活なんて無理やな。
まあ、こんな繁華街の真ん中に住んでいて、
飲むのを我慢できるような奴とは、
大きな壁があるような気がするけど。。。
今日は昨夜の反省をして、
飲まずに、
大人しくこのブログを更新しているが、
昨夜の記憶も薄れ、
脇腹の痛みが癒えたころ、
また同じ過ちをするに違いない。
記憶なんていい加減な方が、
人間が生きて行く上で、
都合が良いのだろう。
忘れることも才能の一つ。
2012年10月28日
酔っ払い
ヤードーン。
ラオカオと呼ばれる、
タイの焼酎に薬草や木みたいな物などを入れた酒。
香りが付き、
甘味もあり、
飲み易くなるが、
まあ、あまり勧める酒ではない。
安く酔えるのが取り柄。
我がアパート近くにも、
そんなヤードーんを出す屋台が何軒かある。
なぜかどこも、
酸っぱいマンゴーと、
ココナツだと思うが、
少し香りの付いた水が出る。
昨夜、正確には今日になるが、
夜中に酔っ払った勢いで、
その屋台に座り、
ヤードーンを飲み始めた。
すると、酔っ払いタイ人男性が来店。
そして、直ぐ後に白人が来店。
その白人は手に飲みかけのビアチャン大瓶。
左手には大瓶2本が入ったコンビニのビニール袋。
一目で酔っ払いと分かる。
タイ滞在が長いイタリアン野郎。
歳はわしと同じと言っていたので結構なオヤジ。
そのオヤジはタイ人にーちゃんが気に入ったらしく、
「お前は日本人か?顔が日本人みたいだ」
とちょっかいを出している。
本当の日本人であるわしには、
余り興味を示さない。
合気道をやっていると言っていたので、
日本が好きなのかもしれない。
タイ語と英語で、
やり合っていたが、
両者とも相当酔っているらしく、
段々とエキサイト。
力比べをしてみたり、
お互いの拳を殴り合ったりしている。
白人は陽気なのだが、
タイ人にーちゃんの方は、
相当興奮している。
わしは面白がって見物。
「まあまあ、落ち着け落ち着け」
とちゃちゃを入れる。
店のママがタイ人にーちゃんを宥める。
これ以上居ると、
本当に喧嘩になると思ったのか、
イタリアン野郎は、
わしらの酒代も出し、
フラフラと消えていった。
タイ人にーちゃんの興奮は収まらない。
まあ、タイ人は酔っ払うと喧嘩早い。
田舎の祭りや行事では、
喧嘩は余興もいたいなもの。
大体はおばさんが出てきて、
若いにーちゃんを蹴散らしているが。。。。
しかし、何だったんだろうう???
何か気に障ることでも言ったのか?
日本人に似ていると言われたことが気に入らないのか?
単なる酔っ払いなのか?
イタリアン野郎はホモなのか?
夜のバンコク。
眠らない街。
酒が様々な人種の胃に流し込まれ、
欲望が蠢き、
そして、
そこには、
当然ながら、
彼方此方で不協和音が生じる。
だからこそ、面白い街なのかもしれない。
ラオカオと呼ばれる、
タイの焼酎に薬草や木みたいな物などを入れた酒。
香りが付き、
甘味もあり、
飲み易くなるが、
まあ、あまり勧める酒ではない。
安く酔えるのが取り柄。
我がアパート近くにも、
そんなヤードーんを出す屋台が何軒かある。
なぜかどこも、
酸っぱいマンゴーと、
ココナツだと思うが、
少し香りの付いた水が出る。
昨夜、正確には今日になるが、
夜中に酔っ払った勢いで、
その屋台に座り、
ヤードーンを飲み始めた。
すると、酔っ払いタイ人男性が来店。
そして、直ぐ後に白人が来店。
その白人は手に飲みかけのビアチャン大瓶。
左手には大瓶2本が入ったコンビニのビニール袋。
一目で酔っ払いと分かる。
タイ滞在が長いイタリアン野郎。
歳はわしと同じと言っていたので結構なオヤジ。
そのオヤジはタイ人にーちゃんが気に入ったらしく、
「お前は日本人か?顔が日本人みたいだ」
とちょっかいを出している。
本当の日本人であるわしには、
余り興味を示さない。
合気道をやっていると言っていたので、
日本が好きなのかもしれない。
タイ語と英語で、
やり合っていたが、
両者とも相当酔っているらしく、
段々とエキサイト。
力比べをしてみたり、
お互いの拳を殴り合ったりしている。
白人は陽気なのだが、
タイ人にーちゃんの方は、
相当興奮している。
わしは面白がって見物。
「まあまあ、落ち着け落ち着け」
とちゃちゃを入れる。
店のママがタイ人にーちゃんを宥める。
これ以上居ると、
本当に喧嘩になると思ったのか、
イタリアン野郎は、
わしらの酒代も出し、
フラフラと消えていった。
タイ人にーちゃんの興奮は収まらない。
まあ、タイ人は酔っ払うと喧嘩早い。
田舎の祭りや行事では、
喧嘩は余興もいたいなもの。
大体はおばさんが出てきて、
若いにーちゃんを蹴散らしているが。。。。
しかし、何だったんだろうう???
何か気に障ることでも言ったのか?
日本人に似ていると言われたことが気に入らないのか?
単なる酔っ払いなのか?
イタリアン野郎はホモなのか?
夜のバンコク。
眠らない街。
酒が様々な人種の胃に流し込まれ、
欲望が蠢き、
そして、
そこには、
当然ながら、
彼方此方で不協和音が生じる。
だからこそ、面白い街なのかもしれない。
2012年10月21日
パソコン
結局パソコンを買った。
アーサーのミニノート。
8900B
正規のWindows7starterも入っているので、
まあ、安い買い物だろう。
今の仕事は郊外の工業団地に行くことがある。
これから週に一回は行くことになるだろう。
会社からわしに与えられているのは、
デスクトップのパソコン。
持って歩くのはちと辛い。
でも、今の時代、パソコンを持って打ち合わせをした方が、
何かと便利。
よって持ち運びが楽で、
値段も手頃なミニノートにした。
キーボードが小さいのでタイピングにちと難があるが、
まあ、こんな物だろう。
今、わしはバンコクの繁華街に住んでいるので、
雑Wifiを拾うことが出来ると期待していたが、
パスワード無しで利用出来るWifiは電波が弱い。
直ぐに切れてしまう。
どうしようかと思って、
パソコン関係の店が雑多に入っているパンティッププラザに行ってみたら、
モバイルデータ通信のUSBスティックが、
安く利用できるようになっている。
1ヶ月使い放題込でUSBスティックが1300B。
その後は色々な値段設定があるようだが、
70時間199Bなど。
コンビニで支払いも出来るらしい。
よって、それを購入。
スピードは時間帯にもよるが、
動画を見るのはちと辛いぐらい。
やっとアパートでネットが出来るようになった。
でも、会社で一日中パソコンに向かっていることが多いので、
帰ってからもパソコンに向かう気にはならない。
帰宅途中でついついふらふらとネオンに吸い込まれて行くことも多い。
それに、今わしのやっている仕事は、
この会社ではほぼ新規事業。
業種がちと違う。
なので、わし一人で、
様々な事をこなさなければならない。
しかも、タイで。。。。
このところは、
運良く仕事を取れたこともあり、
その対応でバタバタ。
基本的な仕事の内容は、
昔やっていた仕事と同じだが、
わしには10年以上のブランクがあるし、
会社の体制が整ってないので、
やる事が多い。
このブログを更新する気にもなれなった。
その物件もやっと一段落。
まあ、これからが大変だが、
主な仕事は、
他の人に移ることになる。
部屋でネットが出来るようになったことだし、
気が向いたら、
このブログもたまには更新しようと思っている。
前回、自己愛の世界について、
書くことを予告したが、
いざ書き始めると、
人の悪口になるので、
何か自分も自己愛が強いのでは、
という気持ちになり、
筆が進まない。
まだ、あの悪夢からは、
完全に癒されていないのかもしれないなーーー。
アーサーのミニノート。
8900B
正規のWindows7starterも入っているので、
まあ、安い買い物だろう。
今の仕事は郊外の工業団地に行くことがある。
これから週に一回は行くことになるだろう。
会社からわしに与えられているのは、
デスクトップのパソコン。
持って歩くのはちと辛い。
でも、今の時代、パソコンを持って打ち合わせをした方が、
何かと便利。
よって持ち運びが楽で、
値段も手頃なミニノートにした。
キーボードが小さいのでタイピングにちと難があるが、
まあ、こんな物だろう。
今、わしはバンコクの繁華街に住んでいるので、
雑Wifiを拾うことが出来ると期待していたが、
パスワード無しで利用出来るWifiは電波が弱い。
直ぐに切れてしまう。
どうしようかと思って、
パソコン関係の店が雑多に入っているパンティッププラザに行ってみたら、
モバイルデータ通信のUSBスティックが、
安く利用できるようになっている。
1ヶ月使い放題込でUSBスティックが1300B。
その後は色々な値段設定があるようだが、
70時間199Bなど。
コンビニで支払いも出来るらしい。
よって、それを購入。
スピードは時間帯にもよるが、
動画を見るのはちと辛いぐらい。
やっとアパートでネットが出来るようになった。
でも、会社で一日中パソコンに向かっていることが多いので、
帰ってからもパソコンに向かう気にはならない。
帰宅途中でついついふらふらとネオンに吸い込まれて行くことも多い。
それに、今わしのやっている仕事は、
この会社ではほぼ新規事業。
業種がちと違う。
なので、わし一人で、
様々な事をこなさなければならない。
しかも、タイで。。。。
このところは、
運良く仕事を取れたこともあり、
その対応でバタバタ。
基本的な仕事の内容は、
昔やっていた仕事と同じだが、
わしには10年以上のブランクがあるし、
会社の体制が整ってないので、
やる事が多い。
このブログを更新する気にもなれなった。
その物件もやっと一段落。
まあ、これからが大変だが、
主な仕事は、
他の人に移ることになる。
部屋でネットが出来るようになったことだし、
気が向いたら、
このブログもたまには更新しようと思っている。
前回、自己愛の世界について、
書くことを予告したが、
いざ書き始めると、
人の悪口になるので、
何か自分も自己愛が強いのでは、
という気持ちになり、
筆が進まない。
まだ、あの悪夢からは、
完全に癒されていないのかもしれないなーーー。
2012年08月29日
企業戦士
サラリーマンは気楽な稼業と来たもんだ♪
あまりにも有名な植木等の歌詞。
確かに、わしみたいな現地採用で、
経営や出世などに関係ない身にはそうかもしれない。
今わしは日系企業で働いている。
何故か日本人は仕事が終わっても群れたがる。
だらだらと付き合いが続く。
懐かしい。
多くの日系企業がそうだろうと思う。
タイの会社では、
ほとんど見られない(と思う)
この会社の上司は単身赴任が多いので、
尚更、そのまま帰宅しない。
わしも飲むのは嫌いでない。
誘われるとホイホイと付いて行くが、
困るのは懐具合。
バンコクには日本料店がびっくりする程多いし値段も高い。
今まで誰がこんなところで飲み食いするのだろう?
と不思議に思っていた。
普通のタイ人がこんな店で食事をするとは思えない。
こんなに店が一杯あって、
良くやって行けるな~?
と暖簾の隙間から店内を覗いていた。
タイに無理やり赴任させられ、
偏見から未知の食べ物をはなから毛嫌いし、
後進国を見下し、
日本を恋し、
悪態を付きながら、
それでいて会社から離れられない、
一人では現地の店に入ることも出来ない、
保守的な駐在員が、
寂しく焼酎でも飲みながら、
鯖味噌定でも食っているのだろう、
そして、店は、
そんなオヤジ達を相手に、
細々と営業し、
嘸かしボっているんだろう、
と勝手に思っていた。
わしはタイに来てからこんな店で飲むことまずなかった。
日本食が恋しくない訳ではなかったが、
タイに来てまで、
日本料理屋に入る気にはなれなかった。
もし、近くに「HYOKO」があっても、
行くことは無かっただろう。
それが、この会社のオヤジ達が行くのはこんな店ばかり。
そして、ビックリする事に店内は多くの日本人で繁盛している。
タイに来てまで日本のサラリーマン達は、
日本を引きずって、
イカ納豆で口周りをベトベトさせ、
会社や部下の愚痴をだらだら駄弁り、
タイのお茶は甘いなどと、
どうでも良い事で文句を言い合っている。
悲しい性だ。
習性はどこに住んでいても、
直ぐには変わらないのだろう。
特に体はタイに居ても、
心は日本を向いている人たちは。。。
わしの給料は駐在員に比べると当然少ない。
こんな店で飲む身分ではない。
まあ、上司はわしの給料を知っているので、
「出さなくてイイよ」と言ってくれるが、
わしも出す素振りをするぐらいの気遣いをしなければ、
日系企業ではやっていけない。
そして、勢いで出した以上、
引き込めることはできない。
しかし、誘われると断れないのは、
わしも正しい日本人サラリーマンなのだろう。
今は会社から歩いて帰れるところにアパートを借りているので、
公共交通機関を使うことはないが、
前は郊外に住んでいたので、
繁華街で飲むと、
バスに乗ることが多かった。
日本の都市で働くサラリーマンは、
全員、120%、降りる駅を乗り過ごしたことがあるだろう。
わしも名古屋で働いているとき、
何度、多治見まで行ったことか。
最終電車に乗り遅れないように、
吐く思いをして、
時には本当に吐いて、
走って走って乗ったのに・・・
乗車してからも、
もう少し、もう少し、
ここで眠ったら危ないと、
眠気を我慢していたのに・・・
気が付いたら車窓から民家の明かりが見えない。アチャー。やってもた。
そうなると多治見まで行くしかない。
途中で降りてもタクシーが捕まらない。
多治見からタクシーに乗ると、
名古屋からタクシーに乗るより高くなる。
馬鹿だ!!
それなら最初からタクで帰っておけばよかった。
そんな、アホ飲兵衛は日本には多い。
夜の付き合いが多いのだろう。
夜の車内はそんな酔っ払いだらけだ。
しかし、ここタイでは、
車内で酔っ払いを見ることはない。
タイのバスで、
泥酔して乗り過ごすのはわしぐらいのものだろう。
(3回ほど乗り過ごした。タクで引き返したこともあるが、タクが安いのは有難い)
こんな正統なサラリーマンのわしだから、
今の会社は、
前の会社に比べ断然居心地が良い。
前の会社は、
何を考えているのかさっぱり理解できなかった。
今の会社は仕組みがある程度分かる。
誰がどこを向いて、
何を考えているのか、
何となく分かる。
良い面も悪い面も、
許容出来る。
そして、社風なのだろうか、
紳士が多く人柄が良い。
今度はクビにならないよう、
長くここでお世話になりたいと切に願う。
その為には会社に必要な人材だと思ってもらわなければならない。
自覚はないが、
タイ人化しているに違いないわしに、
それが可能だろうか・・・
まあ、日系企業はそんなに簡単にはクビにはしないだろう。
それには、やはり夜の付き合いが大切かもしれない。と、くりゃ!!
という訳で、
今はサラリーマンをしているが、
ブログに書く様な面白いことが余り起きない。
あっても誰が見ているか分からないここで、
変なことは書けない。
どうするものかと思っていたら、
わしにはとっておきのネタがあった。
今まで封印していたが、
もう、それを解き放しても良いだろう。
そのネタとは、自己愛の世界。
タイトルは「しつこい」
こうご期待。
と言ってものんびり更新することになると思うが。。。。
あまりにも有名な植木等の歌詞。
確かに、わしみたいな現地採用で、
経営や出世などに関係ない身にはそうかもしれない。
今わしは日系企業で働いている。
何故か日本人は仕事が終わっても群れたがる。
だらだらと付き合いが続く。
懐かしい。
多くの日系企業がそうだろうと思う。
タイの会社では、
ほとんど見られない(と思う)
この会社の上司は単身赴任が多いので、
尚更、そのまま帰宅しない。
わしも飲むのは嫌いでない。
誘われるとホイホイと付いて行くが、
困るのは懐具合。
バンコクには日本料店がびっくりする程多いし値段も高い。
今まで誰がこんなところで飲み食いするのだろう?
と不思議に思っていた。
普通のタイ人がこんな店で食事をするとは思えない。
こんなに店が一杯あって、
良くやって行けるな~?
と暖簾の隙間から店内を覗いていた。
タイに無理やり赴任させられ、
偏見から未知の食べ物をはなから毛嫌いし、
後進国を見下し、
日本を恋し、
悪態を付きながら、
それでいて会社から離れられない、
一人では現地の店に入ることも出来ない、
保守的な駐在員が、
寂しく焼酎でも飲みながら、
鯖味噌定でも食っているのだろう、
そして、店は、
そんなオヤジ達を相手に、
細々と営業し、
嘸かしボっているんだろう、
と勝手に思っていた。
わしはタイに来てからこんな店で飲むことまずなかった。
日本食が恋しくない訳ではなかったが、
タイに来てまで、
日本料理屋に入る気にはなれなかった。
もし、近くに「HYOKO」があっても、
行くことは無かっただろう。
それが、この会社のオヤジ達が行くのはこんな店ばかり。
そして、ビックリする事に店内は多くの日本人で繁盛している。
タイに来てまで日本のサラリーマン達は、
日本を引きずって、
イカ納豆で口周りをベトベトさせ、
会社や部下の愚痴をだらだら駄弁り、
タイのお茶は甘いなどと、
どうでも良い事で文句を言い合っている。
悲しい性だ。
習性はどこに住んでいても、
直ぐには変わらないのだろう。
特に体はタイに居ても、
心は日本を向いている人たちは。。。
わしの給料は駐在員に比べると当然少ない。
こんな店で飲む身分ではない。
まあ、上司はわしの給料を知っているので、
「出さなくてイイよ」と言ってくれるが、
わしも出す素振りをするぐらいの気遣いをしなければ、
日系企業ではやっていけない。
そして、勢いで出した以上、
引き込めることはできない。
しかし、誘われると断れないのは、
わしも正しい日本人サラリーマンなのだろう。
今は会社から歩いて帰れるところにアパートを借りているので、
公共交通機関を使うことはないが、
前は郊外に住んでいたので、
繁華街で飲むと、
バスに乗ることが多かった。
日本の都市で働くサラリーマンは、
全員、120%、降りる駅を乗り過ごしたことがあるだろう。
わしも名古屋で働いているとき、
何度、多治見まで行ったことか。
最終電車に乗り遅れないように、
吐く思いをして、
時には本当に吐いて、
走って走って乗ったのに・・・
乗車してからも、
もう少し、もう少し、
ここで眠ったら危ないと、
眠気を我慢していたのに・・・
気が付いたら車窓から民家の明かりが見えない。アチャー。やってもた。
そうなると多治見まで行くしかない。
途中で降りてもタクシーが捕まらない。
多治見からタクシーに乗ると、
名古屋からタクシーに乗るより高くなる。
馬鹿だ!!
それなら最初からタクで帰っておけばよかった。
そんな、アホ飲兵衛は日本には多い。
夜の付き合いが多いのだろう。
夜の車内はそんな酔っ払いだらけだ。
しかし、ここタイでは、
車内で酔っ払いを見ることはない。
タイのバスで、
泥酔して乗り過ごすのはわしぐらいのものだろう。
(3回ほど乗り過ごした。タクで引き返したこともあるが、タクが安いのは有難い)
こんな正統なサラリーマンのわしだから、
今の会社は、
前の会社に比べ断然居心地が良い。
前の会社は、
何を考えているのかさっぱり理解できなかった。
今の会社は仕組みがある程度分かる。
誰がどこを向いて、
何を考えているのか、
何となく分かる。
良い面も悪い面も、
許容出来る。
そして、社風なのだろうか、
紳士が多く人柄が良い。
今度はクビにならないよう、
長くここでお世話になりたいと切に願う。
その為には会社に必要な人材だと思ってもらわなければならない。
自覚はないが、
タイ人化しているに違いないわしに、
それが可能だろうか・・・
まあ、日系企業はそんなに簡単にはクビにはしないだろう。
それには、やはり夜の付き合いが大切かもしれない。と、くりゃ!!
という訳で、
今はサラリーマンをしているが、
ブログに書く様な面白いことが余り起きない。
あっても誰が見ているか分からないここで、
変なことは書けない。
どうするものかと思っていたら、
わしにはとっておきのネタがあった。
今まで封印していたが、
もう、それを解き放しても良いだろう。
そのネタとは、自己愛の世界。
タイトルは「しつこい」
こうご期待。
と言ってものんびり更新することになると思うが。。。。
2012年08月21日
苦悩
悩んでいる。
この半年間悩み続けている。
どうしよう?
買うべきか買わざるべきか・・・・
今、わしの周りには、
40冊ぐらいの本が散らばっている。
寝転がって手を伸ばし、
触れた本を、
ぼんやりと眺めている。
履歴書の趣味の欄には、
海外旅行と読書と書く。
何となく格好良いからだ。
読書と言っても、
気晴らしに読める簡単な本ばかり。
エッセイとか旅本などなど。
バンコクに出てきて一番便利なのは、
日本語書籍の古本屋が多いこと。
先日も近くの古本屋を4軒梯子をして、
30冊近く購入して来た。
40Bの本2冊を除くと20B(中には10B)の、
投売りの本ばかり。
当然、古い。
日本料理は貧相。
料亭では食べた気がしない。
西洋女性は立っているときが綺麗だが、
日本女性は寝ているときが綺麗、
などと書かれてる本の発行年を見ると、
わしの生まれた頃だったりする。
バブルの頃に書かれた、
世界情勢や今度の日本の動向などを読むと、
結果が出ているだけに、
面白い面もあれば、
白ける面もある。
ベストセラー「ノルウェイの森」も最近読んだ。
しかも上巻だけ。
下巻を探しているが20Bの棚では見つからない。
この小説のモデルになっている、
学生寮に住んでいた元上司の事が思い出される。
「春樹は変な奴やった」、
確かこんな事を言っていた。
本に囲まれ過ごしていると、
賢くなった気分になり、
寝付きも良いので、
悪くはない。
でも、会社では、
資料作り、図面書き、3D作成など、
ずっとパソコンに向かっているので、
帰宅してから本を読むのは、
目につらい。
目が霞む。
そこで、ネットで動画を見るために、
ノートパソコンを購入するかどうか、
悩んでるのだ。
(今、持っているパソコンは無線ラン対応ではない)
悩んでいる最大の原因は値段。
安いので1万3千B程度。
日本円で3万円ぐらい。
こんな小銭で半年も悩んでいるとは、
わしの小者ぶりが良く分かる。
飲みに行くのを控えれば、
何とかなる値段だ。
悩んでいるのはそれだけでない。
買えば、くだらない動画をだらだら見てしまうのは、
わしのぐうたらな性格からして、
火を見るより明らか。
帰宅してからも、
パソコンに向かうのも、
何か嫌だ。
もっとアナログの世界、
オネーチャンに飲みものを強請られている方が良い。
禿げデブオヤジが、
オネーチャンに持てているのを見ると、
「馬鹿やのー、騙されて」
と思うが、
自分のことになると、
鼻の下を伸ばし、
良い気分になるのは、
何でだろう。
きっと、勘違いが、
世の中の男女関係を円滑にしているのだろう。
ネットの仮想現実と、
飲み屋の仮想現実。
飲み屋の方が、
やはり断然面白い。
現実は・・・・・
やはり逃避したい。
この半年間悩み続けている。
どうしよう?
買うべきか買わざるべきか・・・・
今、わしの周りには、
40冊ぐらいの本が散らばっている。
寝転がって手を伸ばし、
触れた本を、
ぼんやりと眺めている。
履歴書の趣味の欄には、
海外旅行と読書と書く。
何となく格好良いからだ。
読書と言っても、
気晴らしに読める簡単な本ばかり。
エッセイとか旅本などなど。
バンコクに出てきて一番便利なのは、
日本語書籍の古本屋が多いこと。
先日も近くの古本屋を4軒梯子をして、
30冊近く購入して来た。
40Bの本2冊を除くと20B(中には10B)の、
投売りの本ばかり。
当然、古い。
日本料理は貧相。
料亭では食べた気がしない。
西洋女性は立っているときが綺麗だが、
日本女性は寝ているときが綺麗、
などと書かれてる本の発行年を見ると、
わしの生まれた頃だったりする。
バブルの頃に書かれた、
世界情勢や今度の日本の動向などを読むと、
結果が出ているだけに、
面白い面もあれば、
白ける面もある。
ベストセラー「ノルウェイの森」も最近読んだ。
しかも上巻だけ。
下巻を探しているが20Bの棚では見つからない。
この小説のモデルになっている、
学生寮に住んでいた元上司の事が思い出される。
「春樹は変な奴やった」、
確かこんな事を言っていた。
本に囲まれ過ごしていると、
賢くなった気分になり、
寝付きも良いので、
悪くはない。
でも、会社では、
資料作り、図面書き、3D作成など、
ずっとパソコンに向かっているので、
帰宅してから本を読むのは、
目につらい。
目が霞む。
そこで、ネットで動画を見るために、
ノートパソコンを購入するかどうか、
悩んでるのだ。
(今、持っているパソコンは無線ラン対応ではない)
悩んでいる最大の原因は値段。
安いので1万3千B程度。
日本円で3万円ぐらい。
こんな小銭で半年も悩んでいるとは、
わしの小者ぶりが良く分かる。
飲みに行くのを控えれば、
何とかなる値段だ。
悩んでいるのはそれだけでない。
買えば、くだらない動画をだらだら見てしまうのは、
わしのぐうたらな性格からして、
火を見るより明らか。
帰宅してからも、
パソコンに向かうのも、
何か嫌だ。
もっとアナログの世界、
オネーチャンに飲みものを強請られている方が良い。
禿げデブオヤジが、
オネーチャンに持てているのを見ると、
「馬鹿やのー、騙されて」
と思うが、
自分のことになると、
鼻の下を伸ばし、
良い気分になるのは、
何でだろう。
きっと、勘違いが、
世の中の男女関係を円滑にしているのだろう。
ネットの仮想現実と、
飲み屋の仮想現実。
飲み屋の方が、
やはり断然面白い。
現実は・・・・・
やはり逃避したい。
2012年06月03日
クビ
先のブログでクビになったことを書いた。
今回はもう少し詳しく考察してみたい。
しかし、近頃のわしの文章はくどいし、格好付け過ぎ。。。
更新が滞っているのは、
書く心境ではなかったこともあるが、
何故か気軽に書けなくなってきた。
ううーーん、
今回も読むのがうざったいので、
ご覚悟を。
凸凹の足元、
今やほとんど誰も使わなくなった公衆電話ボックスや、
歩道橋の階段や、
案内板や看板が場所を取り、
エロCD、如何わしいブランドのシャツや鞄、民芸品など、
様々な物を売る屋台が軒を並べ、
「社長、社長、見るだけただ。スケベ、安い」などと、
しつこく付き纏う客引きのオヤジに、
体の不自由な人、赤ちゃんを抱いたおばちゃんなどの物乞い、
秩序なくバスを待っている乗客の群れ、
セクシーな格好をして馬鹿な男を見定めているおねーちゃんに、
一見おねーちゃんより綺麗なオカマなど、
様々な人々と物で雑然としている。
そこへ観光客など夥しい人々が行き交う。
熱が篭り、芋を洗う状態で、
汗だくになり、なかなか前に進めない。
バンコク繁華街の歩道は兎に角歩きにくい。
わしはこんな歩道を歩くのは好きではないが、
バンコクでも格段と賑やかなスクンビット通りを、
ソイ7辺りからソイ33ぐらいまで飲み歩くのは、
結構好きだ。
白黒黄色。
ここら辺りは人種の坩堝。
タイ人は勿論、
アラブ系にインド系、
白人に中国、韓国、
そして日本人。
工事現場付近にはカンボジア人にミャンマー人(多分)。
目だけを出し全身をベールに包まれたイスラム教のご婦人も珍しくない。
民族衣装を着た黒人も多いし、
屯している黒人も目に付く。
凄い体しているな~と、
黒人女性をさり気なく、
しかし舐めるように見ていたら、
ギョロリとした目で睨まれ、
「何処行くの?」と手を握ってきた。
うーーん、そう言うことか。。。。
何処から来ているのだろう??
わしは多種多様な社会が、
種の保存の上では非常に重要だと考えているので、
この通りで様々な人々を眺めているのがとても楽しい。
(単一化、単純化している社会は滅びていく運命にあるのではないかと思っているので、
その意味では日本は危ないのではないかと思う。。。。)
この辺りが好きな理由の一つが、
ソイに入ると、
昼間から飲めるバーが多いから。
コンビニで買うより当然高いが、
タイでは昼間から酒を飲めるところは意外にも少なく、
朝や14時~17時までは酒の販売を法律で禁止しているぐらいなのだ。
先日も一人この辺りを暇に任せブラブラしていた。
適当な店に入り、
通り行く人々をぼんやりと眺め、
小瓶一本65Bのビールを、
瓶から直接飲む。
おねーちゃんに囲まれ、
とろけるような笑顔で上機嫌のハゲオヤジが、
「カンパーイ!!」を繰り返している。
良く見られる勘違いオヤジ。
日本ではサラリーマンの収入程度では、
おねーちゃんがこうも寄り付かないから、
タイに来た多くの中高年オヤジがこうなる。
会計で2000バーツ以上請求されて、
顔が地に戻っていた。
おねーちゃんのドリンク代は高いのだ。
タイに初めて来たころはわしもそうだった。
日本で随分悩んだ末に会社に辞表をそっと出したのが2000年末。
会社経営はその頃も随分と苦しく、
表向きは一応引き止めてくれたが、
退職願はあっさりと受理され、
正式に辞める前に、
1ヶ月以上の有給を使い、
憧れのタイに来た。
その時のわしは、
タイのいい加減さに浸り、
今後の生活のことなど、
すっかりと忘れさり、
今思えば恥ずかしいほど浮かれまくっていた。
21世紀をチェンマイで迎え、
その後、ネパールを廻ってから日本へ帰り、
2001年の1月末付けで会社を辞めた。
そんなことを思い出しながら、
ビール2本を胃に流し込み、、
130Bを払いチップ20Bを置いて店を出る。
眩しい。
細い目を更に細め俯き加減に歩き出す。
仕事がなく、
明るいうちから飲むビールは胃に沁みる。
しかし、素面では色々な事が脳裏をかすめ、
背に霊が絡み付いるように重い。
酔って面倒なことを麻痺させたい。
この辺りのバーでは明るいうちから、
陽気に酒を飲んでいる欧米人がいると思えば
一人哲学者の様に酒を飲む白人オヤジもいる。
夜になると一段といかがわしさが増幅され、
活気に満ちる。
露天でビールを飲みながら、
不気味に座っている(失礼な言い方だが、慣れていないのでそう思ってしまう)、
黒人グループもチラホラ。
イスラム教徒は買い物に忙しいが、
中には密かに酒を飲んでいる奴もいるかもしれない。
同じ人間でありながら、
肌の色も顔も体付きも言葉も文化も歴史も価値観も宗教も違う。
生きて来た歴史も環境も違うのだから、
考え方が違うのは当たり前。
世界で紛争が無くならないのも仕方ないと思えてくる。
しかし、ここではそんな違いなど、
ゴミ捨て場のように何でも飲み込んでしまう。
腐ったミカンにもゴミにも蓋をして、
無かったことにはしない。
それが、ここに人を呼び寄せる魅力の一つだ。
ただ、それは浅い関係だからこそ。
それが、深み嵌れば嵌るほど、
暗く複雑になって行き、
太陽の光は届かなくなる。
いつだったかタイの中華街ヤワラートでビールを飲んでいた。
隣の机では近所の知り合い同士だろうと思われる親父たちが、
ビールを飲んでいたが、
何語で喋っているのかよく分からない。
店のおばさんはタイ語で注文をとる。
親父たちに聞くと中国語とタイ語で喋っていると言う。
世界中に中国人は広がり、
我が物顔で、
影響力を増しているようだが、
東南アジアでは、
経済に占める中国系の割合は大きい。
タイでは、
混血化が進み、
タイ人化している中華系の人も多いと言われるが、
それでも、
政治、経済を握るのは中国系がほとんど。
日本という温室で育ったわしが、
中国人には到底適わないのも仕方ないのかもしれない。
スクンビット通りのソイに入り、
寂れた路地にあるバーに落ち着く。
2人の黒人女性が別々の席に座って、
一人で暇そうにしている。
何をしているのだろう?
結構可愛いな~と思いながら、
大瓶95バーツのビールを注文。
氷の入ったコップに金色の魔水を注ぐ。
隣は陰気な表情の白人オヤジが一人。
氷で薄まったビールが喉に心地よい。
溜息を付きながら、
酔いでどんよりした脳に、
先日の光景が蘇ってくる。
あれはなんだったのだろう。。。。
会議室の机の上に退職願を2通並べ、
「わしの方針に従えないのなら、これにサインしてくれ」
と社長が有無も言わせぬ口調で言う。
何か実感が無く、
もう一人の自分が、
他人の事を聞いているような不思議な感覚で聞いていた。
今まで意見の違いはあったものの、
特に歯向かったつもりはない。
ただ、わしは昔からそうだが、
管理されるのは余り好きではない。
自分の思う様に物事を進めたいのだ。
だが、この会社の中国系一族は何かと管理し、
細かい事まで口出しをしてくる。
人の意見は聞かない。
メールするときは、
社長にもCCを入れろと指示される。
第一、名詞に書かされるアドレスは会社のそれ。
社長がチャックしてから、
個人のメールに送られてくるのだ。
そんな不満が態度にも出ていたのだろう。
社長は、もう一人の日本人との関係も悪化していたし、
会社は問題が山積していて、
精神的に弱っていたのかもしれない。
「明日は○○との打ち合わせに行く」と社長に報告すると、
「行くな!!」と言ってくる。
日系企業のお客様で、
もう既に約束をしているし、
今までの経緯を考えれば、
行かない訳にはいかない。
日本人の社員同士で、
それぞれの得意分野を活かし、
助け合って仕事をしようと話し合っていれば、
「一緒に行動をするな!!」と指示される。
こんな状態では楽しく仕事が出来ない。
覚悟を決めるしかないか。。。
そんなことを話し合っていた折に、
会議室に呼ばれ、
わしともう一人の日本人に対し、
クビ同然の勧告。
こうなれば、
もう修繕不可能。
二人ともその日のうちにサインをして、
わしは、またまた、ぷー太郎に逆戻り。
当然、今後の生活のことで、またまた気が重い。
しかし、酷い会社だ。
わしはタイの会社はここしか知らないので、
何とも言えないが、やはり日本企業とは違う。
人の出入りが兎に角凄い。
ソンクラーン明けから、
隣の席の奴が来ない。
長い休みやな~と思っていたら、
辞めていた。
挨拶ぐらいせ~と思うのはわしだけでは無いだろう。
後ろの席で仕事をしていた奴は、
わしと顔を合わせようともしない。
口も聞かない内に、
1ヶ月ぐらいしたら来なくなっていた。
以前、このブログにも書いた、
ダイレクターのねーちゃんも、
1ヶ月ぐらいで辞めた。
一族と意見が合わなかったらしい。
「これからは、このダイレクターに全て報告せよ」
あの方針は何だったのか????
ダイレクターが入社して直ぐに、
優秀な工事部長が辞めていった。
心底嫌になったのだろう。
「わしは仕事が大好き。これからは全ての工事の面倒を見ろと、社長から言われている」と豪語していた、
胡散臭い工事部長も問題を起こしさっさと辞めていった。
こんな話ばっかり。
週に一人から二人は出入りしていたのではないだろうか。
これでは人は育たない。
工事が問題なく進むはずがない。
やる気のある奴ほど辞めていく。
残るのはイエスマンぐらいか。
長く勤めている人は本当に少ない。
中国人は血縁しか信用しないとい言われるが、
この会社の一族も他人を信用できず、
仕事を任せることが出来ないのだろう。
安い給料に少ない休暇でこき使い。
自分たちはベンツにアウディーにボルボを乗り回す。
まあ、貴重な経験をさせてもらった。
入社してみないと到底理解できない。。。。
いつの間にか夜の帳はすっかり下りている。
酔いも脳の芯まで浸かっている。
自分でも陰気くさいのが分かる。
黒人女性はこちらを見ることもない。
誰も相手にしてくれない。
千鳥足でアソークの方向へふらふら。
何もかもが面倒になり、
どうでも良くなる。
このところ悪いことばかり続くのは、
わしの発している何かが、
悪い何かを引き付けているのだろう。
わしが陽気であれば、
寄ってくるねーちゃんも多いはずだ。
陰気に飲んでいるから、
悲しい酒になる。
他人のせいにしたら、
いつまでも後悔は残る。
確かに仕事で結果が残せなかった。
超大型物件の受注手前まで行ったが、
駄目だった。
もっと、わしが仕事が出来たら、
回避できた問題もあっただろう。
わしはタイに住み着いているが、
やはり芯は日本人。
日本の企業で働いていたときの、
遣り方、価値観の方が是だと、
意識はしてなくても思い込んでいたに違いない。
それが、この会社に馴染めなかった要因の一つになっていたのだろう。
タイに移住したのも、
タイ人と結婚したのも、
料理屋を始めたのも、
こんな会社に就職したのもわしの決断だし、
問題の要因はわしにもある。
もし、あの超大型物件を受注していたら、
どうなっていたのだろうと思う。
恐らく、会社の実力では、
顧客の要求に答えることは出来ず、
品質、工期が守れず、
わしら日本人は、
米搗き飛蝗のように謝り続ける日々になったに違いない。
これは運が良かったのかも知れない。
もっと飲みたいという気持ちを抑え、
路線バスに乗り込み家路に着く。
バスの中で酔っ払いはわし一人。
日本では当たり前の様にいる公共交通機関内の酔っ払いは、
ここでは見ることがない。
酒に逃げても明日はない。
しかし、夜が明けない日もない。
泥のようにベッドに沈み、
意識が遠のく。
隣接する学校から、
校内放送が響く。
新しい朝が来た。
が、体がダルイ。
日本へ帰ることも含め、
どうしようかと思案していたら、
朗報が飛び込んできた。
あっさりと再就職が決まったのだ。
しかも、日本有数の大企業。
そろそろ運が廻ってきたのだろうか。
ここらで、悪循環を断ち切りたい。
錆付いた重く固いギアを何とか入れ、
前に向かって走りだしたい。
今度の会社はバンコクの中心にある。
飲み屋には事欠かない。
今後は陽気な酒になり、
可愛いねーちゃんが鬱陶しいほと寄って来るに違いない。
黒人女性も笑顔を向けてくるかもしれない。
きっと、見たことも無い実になるだろう!!
ただ金は残りそうに無いな~。。。。
今回はもう少し詳しく考察してみたい。
しかし、近頃のわしの文章はくどいし、格好付け過ぎ。。。
更新が滞っているのは、
書く心境ではなかったこともあるが、
何故か気軽に書けなくなってきた。
ううーーん、
今回も読むのがうざったいので、
ご覚悟を。
凸凹の足元、
今やほとんど誰も使わなくなった公衆電話ボックスや、
歩道橋の階段や、
案内板や看板が場所を取り、
エロCD、如何わしいブランドのシャツや鞄、民芸品など、
様々な物を売る屋台が軒を並べ、
「社長、社長、見るだけただ。スケベ、安い」などと、
しつこく付き纏う客引きのオヤジに、
体の不自由な人、赤ちゃんを抱いたおばちゃんなどの物乞い、
秩序なくバスを待っている乗客の群れ、
セクシーな格好をして馬鹿な男を見定めているおねーちゃんに、
一見おねーちゃんより綺麗なオカマなど、
様々な人々と物で雑然としている。
そこへ観光客など夥しい人々が行き交う。
熱が篭り、芋を洗う状態で、
汗だくになり、なかなか前に進めない。
バンコク繁華街の歩道は兎に角歩きにくい。
わしはこんな歩道を歩くのは好きではないが、
バンコクでも格段と賑やかなスクンビット通りを、
ソイ7辺りからソイ33ぐらいまで飲み歩くのは、
結構好きだ。
白黒黄色。
ここら辺りは人種の坩堝。
タイ人は勿論、
アラブ系にインド系、
白人に中国、韓国、
そして日本人。
工事現場付近にはカンボジア人にミャンマー人(多分)。
目だけを出し全身をベールに包まれたイスラム教のご婦人も珍しくない。
民族衣装を着た黒人も多いし、
屯している黒人も目に付く。
凄い体しているな~と、
黒人女性をさり気なく、
しかし舐めるように見ていたら、
ギョロリとした目で睨まれ、
「何処行くの?」と手を握ってきた。
うーーん、そう言うことか。。。。
何処から来ているのだろう??
わしは多種多様な社会が、
種の保存の上では非常に重要だと考えているので、
この通りで様々な人々を眺めているのがとても楽しい。
(単一化、単純化している社会は滅びていく運命にあるのではないかと思っているので、
その意味では日本は危ないのではないかと思う。。。。)
この辺りが好きな理由の一つが、
ソイに入ると、
昼間から飲めるバーが多いから。
コンビニで買うより当然高いが、
タイでは昼間から酒を飲めるところは意外にも少なく、
朝や14時~17時までは酒の販売を法律で禁止しているぐらいなのだ。
先日も一人この辺りを暇に任せブラブラしていた。
適当な店に入り、
通り行く人々をぼんやりと眺め、
小瓶一本65Bのビールを、
瓶から直接飲む。
おねーちゃんに囲まれ、
とろけるような笑顔で上機嫌のハゲオヤジが、
「カンパーイ!!」を繰り返している。
良く見られる勘違いオヤジ。
日本ではサラリーマンの収入程度では、
おねーちゃんがこうも寄り付かないから、
タイに来た多くの中高年オヤジがこうなる。
会計で2000バーツ以上請求されて、
顔が地に戻っていた。
おねーちゃんのドリンク代は高いのだ。
タイに初めて来たころはわしもそうだった。
日本で随分悩んだ末に会社に辞表をそっと出したのが2000年末。
会社経営はその頃も随分と苦しく、
表向きは一応引き止めてくれたが、
退職願はあっさりと受理され、
正式に辞める前に、
1ヶ月以上の有給を使い、
憧れのタイに来た。
その時のわしは、
タイのいい加減さに浸り、
今後の生活のことなど、
すっかりと忘れさり、
今思えば恥ずかしいほど浮かれまくっていた。
21世紀をチェンマイで迎え、
その後、ネパールを廻ってから日本へ帰り、
2001年の1月末付けで会社を辞めた。
そんなことを思い出しながら、
ビール2本を胃に流し込み、、
130Bを払いチップ20Bを置いて店を出る。
眩しい。
細い目を更に細め俯き加減に歩き出す。
仕事がなく、
明るいうちから飲むビールは胃に沁みる。
しかし、素面では色々な事が脳裏をかすめ、
背に霊が絡み付いるように重い。
酔って面倒なことを麻痺させたい。
この辺りのバーでは明るいうちから、
陽気に酒を飲んでいる欧米人がいると思えば
一人哲学者の様に酒を飲む白人オヤジもいる。
夜になると一段といかがわしさが増幅され、
活気に満ちる。
露天でビールを飲みながら、
不気味に座っている(失礼な言い方だが、慣れていないのでそう思ってしまう)、
黒人グループもチラホラ。
イスラム教徒は買い物に忙しいが、
中には密かに酒を飲んでいる奴もいるかもしれない。
同じ人間でありながら、
肌の色も顔も体付きも言葉も文化も歴史も価値観も宗教も違う。
生きて来た歴史も環境も違うのだから、
考え方が違うのは当たり前。
世界で紛争が無くならないのも仕方ないと思えてくる。
しかし、ここではそんな違いなど、
ゴミ捨て場のように何でも飲み込んでしまう。
腐ったミカンにもゴミにも蓋をして、
無かったことにはしない。
それが、ここに人を呼び寄せる魅力の一つだ。
ただ、それは浅い関係だからこそ。
それが、深み嵌れば嵌るほど、
暗く複雑になって行き、
太陽の光は届かなくなる。
いつだったかタイの中華街ヤワラートでビールを飲んでいた。
隣の机では近所の知り合い同士だろうと思われる親父たちが、
ビールを飲んでいたが、
何語で喋っているのかよく分からない。
店のおばさんはタイ語で注文をとる。
親父たちに聞くと中国語とタイ語で喋っていると言う。
世界中に中国人は広がり、
我が物顔で、
影響力を増しているようだが、
東南アジアでは、
経済に占める中国系の割合は大きい。
タイでは、
混血化が進み、
タイ人化している中華系の人も多いと言われるが、
それでも、
政治、経済を握るのは中国系がほとんど。
日本という温室で育ったわしが、
中国人には到底適わないのも仕方ないのかもしれない。
スクンビット通りのソイに入り、
寂れた路地にあるバーに落ち着く。
2人の黒人女性が別々の席に座って、
一人で暇そうにしている。
何をしているのだろう?
結構可愛いな~と思いながら、
大瓶95バーツのビールを注文。
氷の入ったコップに金色の魔水を注ぐ。
隣は陰気な表情の白人オヤジが一人。
氷で薄まったビールが喉に心地よい。
溜息を付きながら、
酔いでどんよりした脳に、
先日の光景が蘇ってくる。
あれはなんだったのだろう。。。。
会議室の机の上に退職願を2通並べ、
「わしの方針に従えないのなら、これにサインしてくれ」
と社長が有無も言わせぬ口調で言う。
何か実感が無く、
もう一人の自分が、
他人の事を聞いているような不思議な感覚で聞いていた。
今まで意見の違いはあったものの、
特に歯向かったつもりはない。
ただ、わしは昔からそうだが、
管理されるのは余り好きではない。
自分の思う様に物事を進めたいのだ。
だが、この会社の中国系一族は何かと管理し、
細かい事まで口出しをしてくる。
人の意見は聞かない。
メールするときは、
社長にもCCを入れろと指示される。
第一、名詞に書かされるアドレスは会社のそれ。
社長がチャックしてから、
個人のメールに送られてくるのだ。
そんな不満が態度にも出ていたのだろう。
社長は、もう一人の日本人との関係も悪化していたし、
会社は問題が山積していて、
精神的に弱っていたのかもしれない。
「明日は○○との打ち合わせに行く」と社長に報告すると、
「行くな!!」と言ってくる。
日系企業のお客様で、
もう既に約束をしているし、
今までの経緯を考えれば、
行かない訳にはいかない。
日本人の社員同士で、
それぞれの得意分野を活かし、
助け合って仕事をしようと話し合っていれば、
「一緒に行動をするな!!」と指示される。
こんな状態では楽しく仕事が出来ない。
覚悟を決めるしかないか。。。
そんなことを話し合っていた折に、
会議室に呼ばれ、
わしともう一人の日本人に対し、
クビ同然の勧告。
こうなれば、
もう修繕不可能。
二人ともその日のうちにサインをして、
わしは、またまた、ぷー太郎に逆戻り。
当然、今後の生活のことで、またまた気が重い。
しかし、酷い会社だ。
わしはタイの会社はここしか知らないので、
何とも言えないが、やはり日本企業とは違う。
人の出入りが兎に角凄い。
ソンクラーン明けから、
隣の席の奴が来ない。
長い休みやな~と思っていたら、
辞めていた。
挨拶ぐらいせ~と思うのはわしだけでは無いだろう。
後ろの席で仕事をしていた奴は、
わしと顔を合わせようともしない。
口も聞かない内に、
1ヶ月ぐらいしたら来なくなっていた。
以前、このブログにも書いた、
ダイレクターのねーちゃんも、
1ヶ月ぐらいで辞めた。
一族と意見が合わなかったらしい。
「これからは、このダイレクターに全て報告せよ」
あの方針は何だったのか????
ダイレクターが入社して直ぐに、
優秀な工事部長が辞めていった。
心底嫌になったのだろう。
「わしは仕事が大好き。これからは全ての工事の面倒を見ろと、社長から言われている」と豪語していた、
胡散臭い工事部長も問題を起こしさっさと辞めていった。
こんな話ばっかり。
週に一人から二人は出入りしていたのではないだろうか。
これでは人は育たない。
工事が問題なく進むはずがない。
やる気のある奴ほど辞めていく。
残るのはイエスマンぐらいか。
長く勤めている人は本当に少ない。
中国人は血縁しか信用しないとい言われるが、
この会社の一族も他人を信用できず、
仕事を任せることが出来ないのだろう。
安い給料に少ない休暇でこき使い。
自分たちはベンツにアウディーにボルボを乗り回す。
まあ、貴重な経験をさせてもらった。
入社してみないと到底理解できない。。。。
いつの間にか夜の帳はすっかり下りている。
酔いも脳の芯まで浸かっている。
自分でも陰気くさいのが分かる。
黒人女性はこちらを見ることもない。
誰も相手にしてくれない。
千鳥足でアソークの方向へふらふら。
何もかもが面倒になり、
どうでも良くなる。
このところ悪いことばかり続くのは、
わしの発している何かが、
悪い何かを引き付けているのだろう。
わしが陽気であれば、
寄ってくるねーちゃんも多いはずだ。
陰気に飲んでいるから、
悲しい酒になる。
他人のせいにしたら、
いつまでも後悔は残る。
確かに仕事で結果が残せなかった。
超大型物件の受注手前まで行ったが、
駄目だった。
もっと、わしが仕事が出来たら、
回避できた問題もあっただろう。
わしはタイに住み着いているが、
やはり芯は日本人。
日本の企業で働いていたときの、
遣り方、価値観の方が是だと、
意識はしてなくても思い込んでいたに違いない。
それが、この会社に馴染めなかった要因の一つになっていたのだろう。
タイに移住したのも、
タイ人と結婚したのも、
料理屋を始めたのも、
こんな会社に就職したのもわしの決断だし、
問題の要因はわしにもある。
もし、あの超大型物件を受注していたら、
どうなっていたのだろうと思う。
恐らく、会社の実力では、
顧客の要求に答えることは出来ず、
品質、工期が守れず、
わしら日本人は、
米搗き飛蝗のように謝り続ける日々になったに違いない。
これは運が良かったのかも知れない。
もっと飲みたいという気持ちを抑え、
路線バスに乗り込み家路に着く。
バスの中で酔っ払いはわし一人。
日本では当たり前の様にいる公共交通機関内の酔っ払いは、
ここでは見ることがない。
酒に逃げても明日はない。
しかし、夜が明けない日もない。
泥のようにベッドに沈み、
意識が遠のく。
隣接する学校から、
校内放送が響く。
新しい朝が来た。
が、体がダルイ。
日本へ帰ることも含め、
どうしようかと思案していたら、
朗報が飛び込んできた。
あっさりと再就職が決まったのだ。
しかも、日本有数の大企業。
そろそろ運が廻ってきたのだろうか。
ここらで、悪循環を断ち切りたい。
錆付いた重く固いギアを何とか入れ、
前に向かって走りだしたい。
今度の会社はバンコクの中心にある。
飲み屋には事欠かない。
今後は陽気な酒になり、
可愛いねーちゃんが鬱陶しいほと寄って来るに違いない。
黒人女性も笑顔を向けてくるかもしれない。
きっと、見たことも無い実になるだろう!!
ただ金は残りそうに無いな~。。。。
2012年06月01日
転職
「わしの言うことを聞かれないのなら、これにサインしろ!!」
突然でもないが、
まあ2、3日の内に、
俄かに暗雲がたち込め、
社長に呼ばれてこう言われた。
意見の対立はあったものの、
こんな事を言われるいわれはない。
とわしは思う。
日系企業ではまず有り得ないだろう。
こんなことを言われたら、
もうこんな会社で働く気持ちはなくなる。
その日のうちにサインした。
波乱万丈、人生色々。
わしの本望ではないのに、
本当に様々なことが起こる。
タイにはやられ放し。
やはり、感覚の違いが大きいのだろう。
しかし、ある人間関係で、
次の道があっさりと開けてきた。
明日から新しい環境で、
生活が始まる。
雨降って地固まる。
返ってクビになって良かったかも。
でも、今後の道が平滑であるかどうかは、
わしのこれからの働き次第。
まあ、わしの実力でどこまで仕事ができるかどうか分からんが、
生活する為には、
クビにならないよう頑張るしかない!!
突然でもないが、
まあ2、3日の内に、
俄かに暗雲がたち込め、
社長に呼ばれてこう言われた。
意見の対立はあったものの、
こんな事を言われるいわれはない。
とわしは思う。
日系企業ではまず有り得ないだろう。
こんなことを言われたら、
もうこんな会社で働く気持ちはなくなる。
その日のうちにサインした。
波乱万丈、人生色々。
わしの本望ではないのに、
本当に様々なことが起こる。
タイにはやられ放し。
やはり、感覚の違いが大きいのだろう。
しかし、ある人間関係で、
次の道があっさりと開けてきた。
明日から新しい環境で、
生活が始まる。
雨降って地固まる。
返ってクビになって良かったかも。
でも、今後の道が平滑であるかどうかは、
わしのこれからの働き次第。
まあ、わしの実力でどこまで仕事ができるかどうか分からんが、
生活する為には、
クビにならないよう頑張るしかない!!
2012年04月02日
会社人間
長身痩躯。
整った顔立ち。
歳は幾つぐらいだろうか。
案外若いのかもしれないし、
案外歳をとっているのかもしれない。
恐らく40歳台。
ボサボサの髪を後で纏め、
化粧っけはなく、
ダサい服をだらしなく着て、
とぼとぼと歩く。
漫画に出てくる学者みたい。
もし、流行のファッションで身を包み、
化粧を施し、
凛と歩けば、
モデルのようになるに違いない。
今週からいきなり女性の上司が着任した。
プロジェクト ディレクターという肩書き。
下には、
日本人の本部長。
工事部長。
技術部長。
そして、勿論わしも。
つまり、経理や総務を除く、
商売の実質の責任者。
今まで、
現場で汗水流し、
お金を稼いできた男たちを、
軽く飛び越え、
頭の上に舞い降りる。
どこかで博士を取得しているらしいので、
勉強は出来るのだろうが、
どこまで仕事が出来るのだろうか。
主なお客様である日本人のこともどこまで分かっているのか。
今はどうだかしらないが、
ウブな若者を教育し、
忠誠心を植えつけ、
会社人間に育てる日本企業では、
机上の勉強だけで、
実践を知らない博士様は、
研究部門を除けば、
敬遠していたのではなかろうか。
恐らく、学歴があるというだけで、
いきなり実行部隊の長になることはない。
タイの社会は役割分担がはっきりしている。
エンジニアとして着任すれば、
下働きをすることはない。
フォアマンとして入社すれば、
エンジニアになることもない。
そして、仕事が嫌になれば、
他に良い仕事があれば、
さっさと辞めて行く。
会社に依存して生きる人は少ない。
だから、会社は社員の教育をしようとは思わないし、
経験が豊かで優秀な人材も少ない。
わしが入社してから、
何人の人が入社し辞めていっただろう。
わしが知っているだけでも、
両手は下らない。
一日や二日で辞めていく人も珍しくない。
わしが入社したとき、
歓迎ムードはなく、
余りにあっけらかんとしていたのは、
日本人が嫌われているのではなく、
人の入れ替わりが日常茶飯事だったからだ。
今でも、
朝の挨拶をする人は少ない。
仕事が終われば、
さっさと帰って行く。
極稀に社長からビールの差し入れが入るぐらいで、
夜の付き合いも無い。
ただ、仕事は真面目(勿論例外も)。
事務所の人は、
もくもくとパソコンに向かっている。
サービス残業も珍しくない。
これは、意外。
「大学出は仕事ができない奴が多い。叩き上げで頑張っている奴の方が仕事ができる」
先日、そう言って、
部下を叱ったら逆ギレされた、
熱血漢の日本人技術者は、
ホントに嫌気が指したのか、
肩の荷が降りたのか、
清々した表情で辞めていった。
タイはタイの社会がある。
日本の社会を持ち込むのが、
正しいとは思わない。
しかし、この会社は顧客が主に日系企業。
日本人の価値観に対応しなければ、
仕事はない。
信用を得ることは出来ない。
わしが、タイ人のことを理解できないように、
ここのタイ人が、
日本人の本質を理解することは不可能に近いと思う。
ここで働く限り、
わしは会社と日本人顧客に挟まれ、
苦労する日に終わりはない。
タイ人のように、
自分さえ楽しければそれで良いという、
解脱にも似た境地に達すれば、
苦悩もなくなるのかもしれないが。。。。
まあ、働きたくとも、
会社からクビを言い渡される可能性は五分五分。
その時は、
送別会は勿論、
誰も気にかけてくれる人はいないだろう。
それはそれで、
潔い。
整った顔立ち。
歳は幾つぐらいだろうか。
案外若いのかもしれないし、
案外歳をとっているのかもしれない。
恐らく40歳台。
ボサボサの髪を後で纏め、
化粧っけはなく、
ダサい服をだらしなく着て、
とぼとぼと歩く。
漫画に出てくる学者みたい。
もし、流行のファッションで身を包み、
化粧を施し、
凛と歩けば、
モデルのようになるに違いない。
今週からいきなり女性の上司が着任した。
プロジェクト ディレクターという肩書き。
下には、
日本人の本部長。
工事部長。
技術部長。
そして、勿論わしも。
つまり、経理や総務を除く、
商売の実質の責任者。
今まで、
現場で汗水流し、
お金を稼いできた男たちを、
軽く飛び越え、
頭の上に舞い降りる。
どこかで博士を取得しているらしいので、
勉強は出来るのだろうが、
どこまで仕事が出来るのだろうか。
主なお客様である日本人のこともどこまで分かっているのか。
今はどうだかしらないが、
ウブな若者を教育し、
忠誠心を植えつけ、
会社人間に育てる日本企業では、
机上の勉強だけで、
実践を知らない博士様は、
研究部門を除けば、
敬遠していたのではなかろうか。
恐らく、学歴があるというだけで、
いきなり実行部隊の長になることはない。
タイの社会は役割分担がはっきりしている。
エンジニアとして着任すれば、
下働きをすることはない。
フォアマンとして入社すれば、
エンジニアになることもない。
そして、仕事が嫌になれば、
他に良い仕事があれば、
さっさと辞めて行く。
会社に依存して生きる人は少ない。
だから、会社は社員の教育をしようとは思わないし、
経験が豊かで優秀な人材も少ない。
わしが入社してから、
何人の人が入社し辞めていっただろう。
わしが知っているだけでも、
両手は下らない。
一日や二日で辞めていく人も珍しくない。
わしが入社したとき、
歓迎ムードはなく、
余りにあっけらかんとしていたのは、
日本人が嫌われているのではなく、
人の入れ替わりが日常茶飯事だったからだ。
今でも、
朝の挨拶をする人は少ない。
仕事が終われば、
さっさと帰って行く。
極稀に社長からビールの差し入れが入るぐらいで、
夜の付き合いも無い。
ただ、仕事は真面目(勿論例外も)。
事務所の人は、
もくもくとパソコンに向かっている。
サービス残業も珍しくない。
これは、意外。
「大学出は仕事ができない奴が多い。叩き上げで頑張っている奴の方が仕事ができる」
先日、そう言って、
部下を叱ったら逆ギレされた、
熱血漢の日本人技術者は、
ホントに嫌気が指したのか、
肩の荷が降りたのか、
清々した表情で辞めていった。
タイはタイの社会がある。
日本の社会を持ち込むのが、
正しいとは思わない。
しかし、この会社は顧客が主に日系企業。
日本人の価値観に対応しなければ、
仕事はない。
信用を得ることは出来ない。
わしが、タイ人のことを理解できないように、
ここのタイ人が、
日本人の本質を理解することは不可能に近いと思う。
ここで働く限り、
わしは会社と日本人顧客に挟まれ、
苦労する日に終わりはない。
タイ人のように、
自分さえ楽しければそれで良いという、
解脱にも似た境地に達すれば、
苦悩もなくなるのかもしれないが。。。。
まあ、働きたくとも、
会社からクビを言い渡される可能性は五分五分。
その時は、
送別会は勿論、
誰も気にかけてくれる人はいないだろう。
それはそれで、
潔い。
2012年03月03日
大変遅くなりましたが新年のご挨拶
厄年は数年前に終わったのに、
昨年から続いている厄災は今年も続いている。
まあ、これも気の持ち様次第。
自業自得な面もある。
もっと前向きに考えれば良いのだろうが。。。。
わしはそこまで心が広くない。
西暦2012年、仏暦で2555年の年頭、
わしは大きな分岐点を曲がり、
再びフラフラと千鳥足で歩き出した。
キョロキョロしながら歩くオヤジをゴジラが睨み、
「アケミ」「花子」など狭い通りに何十ものクラブのネオンが
ゴルフ焼けしたオヤジの間抜けな顔を照らす。
「社長」「いらっしゃい」
化粧の濃い綺麗なおねーちゃん達が声をかける。
娘より若いのではないかと思われる女を連れて、
鼻の下を伸ばしたポロシャツオヤジが通り過ぎる。
ネクタイ姿の赤ら顔をしたおじさん数人が、
1人のおっさんを車に乗せ、
頭をペコペコ。
車が出ると、
ホッとした雰囲気が広がり、
残ったオヤジたちは談笑を始める。
もう一軒行くのだろうか。
ここは、新地でも中洲でもない。
タイのタニア通り。
日本人向けのクラブが所狭しと並ぶ歓楽街だ。
この通りにあるビルに古本屋がある。
一冊20Bで投げ売りをしていた、
古ぼけた文庫本を数冊購入した後、
コンビニで買った缶ビールを飲みながら、
通りで繰り広げられている光景をぼんやりと眺めていた。
この通りの店は日本の景気に無関係ではない。
バブル時に比べて客が少ないのだろう。
飲み放題1時間で600Bという店が多くあり、
呼び込みに忙しい。
近くのバッポン通りで、
ビールを飲むと小瓶で120バーツはするので、
タニアで日本のカラオケを歌いながら、
1時間で飲みまくれば、
そんなに高くはない。
だが、今のわしにはそんな金も惜しい。
わしは、日本ではしがないサラリーマンだった。
今一つ適応できなかったから、
今、こんな所へ住んでいるのだろうが、
それでも、
日本のサラリーマンの実態もある程度分かっている。
ここで飲んでいるサラリーマン達は、
タイの日系企業で働いているのだろうから、
その行動は日本的。
懐かしい。
日本のサラリーマンは大変だな〜と思いながら、
ビールを喉に流し込む。
何故か苦い。
何か虚しい気持ちに陥る。
車に向かって、
皆が一斉に頭を深々と下げる。
やっぱり何か変。
タイに住むようになって、余計にそう思う。
景気の悪い日本では、
この様な付き合い、接待は随分と減っただろうが、
ここでは、まだ古き時代の名残があった。
わざわざ日本からタイに来ている上司やお客様だから、
今でもこんな接待をしているのだろうか。
その日が金曜日だったので、
特に多く目に付いたのかもしれないが。
こんな日本社会に復帰するのが嫌で、
「今度が最後、帰ったら再就職]と心に決めながらも、
何度も何度もアジアへ向かう飛行機に飛び乗ったのは、
もう10年近く前。
それからイサーンに流れ着き、
自由気ままな生活をしていた。
それが。。。。。
今ではしがないサラリーマンに逆戻り。
しかもタイの会社。
何と、今年からバンコクで働き出したのだ。
昨年の後半は色々と問題があり、
新しい道を歩かざるを得なくなった。
様々な道を探っていたが、
結局は宮仕えの道しか先は見えず、
昨年末からタイで就職活動。
わしの経歴、能力でも、
拾ってくれるのは、
タイ人が経営している会社しか見つからない。
この会社は日系企業を相手に商売をしているので、
日本人が必要なのだ。
わしが相手をするのは、
お客様は神様だと信じ、
こちらを見下し、
社内での立場や保身を第一に考え、
会社に妙な忠誠心を持つ、
日本のサラリーマン。
当社で仕事をするのは勿論タイ人。
その間に挟まって、
わしは頭をペコペコ。
あああ〜嫌だ。
サラリーマン生活。
食堂経営は、
利益は少ないし、
体力的には辛かったけど、
女子大生相手にカツ丼を作っていた方がどんなに楽しいか。
こんな所に居ると、
会社やお客さんの愚痴を言いながら、
タニアで酒が飲みたくなる!!
「終わったら一杯行くか?」
という相手もおらん。。。寂しい。
昨年から続いている厄災は今年も続いている。
まあ、これも気の持ち様次第。
自業自得な面もある。
もっと前向きに考えれば良いのだろうが。。。。
わしはそこまで心が広くない。
西暦2012年、仏暦で2555年の年頭、
わしは大きな分岐点を曲がり、
再びフラフラと千鳥足で歩き出した。
キョロキョロしながら歩くオヤジをゴジラが睨み、
「アケミ」「花子」など狭い通りに何十ものクラブのネオンが
ゴルフ焼けしたオヤジの間抜けな顔を照らす。
「社長」「いらっしゃい」
化粧の濃い綺麗なおねーちゃん達が声をかける。
娘より若いのではないかと思われる女を連れて、
鼻の下を伸ばしたポロシャツオヤジが通り過ぎる。
ネクタイ姿の赤ら顔をしたおじさん数人が、
1人のおっさんを車に乗せ、
頭をペコペコ。
車が出ると、
ホッとした雰囲気が広がり、
残ったオヤジたちは談笑を始める。
もう一軒行くのだろうか。
ここは、新地でも中洲でもない。
タイのタニア通り。
日本人向けのクラブが所狭しと並ぶ歓楽街だ。
この通りにあるビルに古本屋がある。
一冊20Bで投げ売りをしていた、
古ぼけた文庫本を数冊購入した後、
コンビニで買った缶ビールを飲みながら、
通りで繰り広げられている光景をぼんやりと眺めていた。
この通りの店は日本の景気に無関係ではない。
バブル時に比べて客が少ないのだろう。
飲み放題1時間で600Bという店が多くあり、
呼び込みに忙しい。
近くのバッポン通りで、
ビールを飲むと小瓶で120バーツはするので、
タニアで日本のカラオケを歌いながら、
1時間で飲みまくれば、
そんなに高くはない。
だが、今のわしにはそんな金も惜しい。
わしは、日本ではしがないサラリーマンだった。
今一つ適応できなかったから、
今、こんな所へ住んでいるのだろうが、
それでも、
日本のサラリーマンの実態もある程度分かっている。
ここで飲んでいるサラリーマン達は、
タイの日系企業で働いているのだろうから、
その行動は日本的。
懐かしい。
日本のサラリーマンは大変だな〜と思いながら、
ビールを喉に流し込む。
何故か苦い。
何か虚しい気持ちに陥る。
車に向かって、
皆が一斉に頭を深々と下げる。
やっぱり何か変。
タイに住むようになって、余計にそう思う。
景気の悪い日本では、
この様な付き合い、接待は随分と減っただろうが、
ここでは、まだ古き時代の名残があった。
わざわざ日本からタイに来ている上司やお客様だから、
今でもこんな接待をしているのだろうか。
その日が金曜日だったので、
特に多く目に付いたのかもしれないが。
こんな日本社会に復帰するのが嫌で、
「今度が最後、帰ったら再就職]と心に決めながらも、
何度も何度もアジアへ向かう飛行機に飛び乗ったのは、
もう10年近く前。
それからイサーンに流れ着き、
自由気ままな生活をしていた。
それが。。。。。
今ではしがないサラリーマンに逆戻り。
しかもタイの会社。
何と、今年からバンコクで働き出したのだ。
昨年の後半は色々と問題があり、
新しい道を歩かざるを得なくなった。
様々な道を探っていたが、
結局は宮仕えの道しか先は見えず、
昨年末からタイで就職活動。
わしの経歴、能力でも、
拾ってくれるのは、
タイ人が経営している会社しか見つからない。
この会社は日系企業を相手に商売をしているので、
日本人が必要なのだ。
わしが相手をするのは、
お客様は神様だと信じ、
こちらを見下し、
社内での立場や保身を第一に考え、
会社に妙な忠誠心を持つ、
日本のサラリーマン。
当社で仕事をするのは勿論タイ人。
その間に挟まって、
わしは頭をペコペコ。
あああ〜嫌だ。
サラリーマン生活。
食堂経営は、
利益は少ないし、
体力的には辛かったけど、
女子大生相手にカツ丼を作っていた方がどんなに楽しいか。
こんな所に居ると、
会社やお客さんの愚痴を言いながら、
タニアで酒が飲みたくなる!!
「終わったら一杯行くか?」
という相手もおらん。。。寂しい。
2011年12月31日
2011年
2011年も幕を閉じようとしている。
2011年。
激動の年であった。
大震災に原発事故。
タイでは大洪水。
チュニジア、エジプト、リビアの革命。
ギリシャ問題を抱えるEU。
ビン・ラディン、ガタフィーが殺され、
金正日が死去した。
わし個人も、
色々とあった年だった。
怒り、悲しみ、苦しみ。
2011年も今日で終わる。
今日と明日とで、
物理的には何か特別に変わる訳ではないが、
気持ち的には一区切り。
心機一転。
気持ちを切り替えたい。
2011年は資本主義の限界が明らかになって来たような気もするが、
一方、社会主義は金の死で、
更に終焉へ向かうだろう。
2012年。
辰のように、
飛翔の年になることを祈りたいが、
現実には難しそう。
学者や識者は日銀や役人、そして政治家を批判するが、
実際に実行する方は、
それなりのリスクや現実があるから、
責任を回避する傾向になるのは仕方ない。
政治家にリーダーシップを期待したいが、
今でも、あの小泉元総理の構造改革に批判する人が多いのを見ても、
民主主義とはいささかもどかしい。
「痛みを伴う構造改革」と言って国民の支持を得たのに、
痛みを感じた人からは文句が出る。
まあ、それも仕方ないか。
人口構成、環境が全く違うので、
社会保障を維持できないのは明らか。
経済が疲弊しているし、
日本は成熟期に入っているので、
新しい成長産業はあまり期待できない。
政治家は国民の鏡と言うが、
政治家を見ていると、
憲法や法律、制度だけでなく、
やはり、国民の意識にも、
問題があるのだろう。
問題を山積したまま年を越す。
山本夏彦氏は「正義は国を滅ぼす」と言ったらしいが、
わしもそう思う。
世の中は様々な事象が複雑に絡み合って成り立っている。
そこに単純な正義感で物事を判断することに無理がある。
先送り。
時間薬。
日本人が培ってきた知恵かもしれんな~。
国は待ったなしの状態かもしれんが、
(この十数年はずっと、待ったなし、これが最後、みたいな状態が続いているような気もするがーー)
わしは取り合えず、
焦らずのんびりと。。。。
2012年もなるようにしかならん。
では、皆様よい年をお迎えください。
2011年。
激動の年であった。
大震災に原発事故。
タイでは大洪水。
チュニジア、エジプト、リビアの革命。
ギリシャ問題を抱えるEU。
ビン・ラディン、ガタフィーが殺され、
金正日が死去した。
わし個人も、
色々とあった年だった。
怒り、悲しみ、苦しみ。
2011年も今日で終わる。
今日と明日とで、
物理的には何か特別に変わる訳ではないが、
気持ち的には一区切り。
心機一転。
気持ちを切り替えたい。
2011年は資本主義の限界が明らかになって来たような気もするが、
一方、社会主義は金の死で、
更に終焉へ向かうだろう。
2012年。
辰のように、
飛翔の年になることを祈りたいが、
現実には難しそう。
学者や識者は日銀や役人、そして政治家を批判するが、
実際に実行する方は、
それなりのリスクや現実があるから、
責任を回避する傾向になるのは仕方ない。
政治家にリーダーシップを期待したいが、
今でも、あの小泉元総理の構造改革に批判する人が多いのを見ても、
民主主義とはいささかもどかしい。
「痛みを伴う構造改革」と言って国民の支持を得たのに、
痛みを感じた人からは文句が出る。
まあ、それも仕方ないか。
人口構成、環境が全く違うので、
社会保障を維持できないのは明らか。
経済が疲弊しているし、
日本は成熟期に入っているので、
新しい成長産業はあまり期待できない。
政治家は国民の鏡と言うが、
政治家を見ていると、
憲法や法律、制度だけでなく、
やはり、国民の意識にも、
問題があるのだろう。
問題を山積したまま年を越す。
山本夏彦氏は「正義は国を滅ぼす」と言ったらしいが、
わしもそう思う。
世の中は様々な事象が複雑に絡み合って成り立っている。
そこに単純な正義感で物事を判断することに無理がある。
先送り。
時間薬。
日本人が培ってきた知恵かもしれんな~。
国は待ったなしの状態かもしれんが、
(この十数年はずっと、待ったなし、これが最後、みたいな状態が続いているような気もするがーー)
わしは取り合えず、
焦らずのんびりと。。。。
2012年もなるようにしかならん。
では、皆様よい年をお迎えください。
2011年12月23日
社会主義とは。。。。
朝鮮民主主義人民共和国。
北朝鮮の正式名称。
民主主義なのね。
ふーーーん。
瑞穂ちゃんは護憲で反武装。
人権を尊重し、
他国のいちゃもんにも真摯に対応し、
日本の悪行を詫び、
問題は話し合いで穏便に解決。
国家観も希薄。
みたいな考えだと思うが、
瑞穂ちゃんの党は、
歴史的にみても朝鮮労働党に近い。
しかし、北朝鮮の実態は、
軍事大国。
独裁。
弾圧。
人権侵害。
瀬戸際外交。
金親子はデブで民衆はガリガリ。
共産主義の、
中国も旧ソ連も軍事大国。
ソ連にしても、
中国にしても、
共産革命で多くの血を流した。
日本でも昔、左派のテロやデモで、
様々なきな臭い事件が起きている。
だいたい、マルクス自身が暴力革命の方針を明確にしていたらしい。
瑞穂ちゃんの主張と正反対。
それでも何故、
瑞穂ちゃんは社会主義革命を標榜するのだろう???
自分たちが為政すれば、
健全な社会主義国家ができるとでも思っているのか???
それとも、政権など取れるとは思っていないので、
独善的な理想論を言っているだけなのか。
まあ、社会主義とか共産主義とか左とか言うけれと、
思想はそんなに単純なものではないんでしょうね。
わしは多様性が種の保存にとって最も大切だと思うので、
瑞穂ちゃんみたいな考え方の人がいなくてはならないと思っている。
しか~し、どうも日本の現政権与党に、
その分子がいるのが厄介だ。
事務局は社会党の残滓が多いとも聞く。
こいつらに共通するのは、
どうも、詭弁が多い。
理想と現実の差を埋めるためなのだろう。
わしは、
よど号ハイジャック当時の記憶は全くない。
浅間山山荘事件のことは、
テレビで見た微かな記憶がある程度。
60年安保も70年安保も、
全共闘もよく知らない。
北朝鮮が「地上の楽園」と呼ばれていたことも知らない。
物事が分かり始めたときには、
北朝鮮もソ連も仮想敵国だった。
小学生の時、
UFOに乗った宇宙人が現れ連れ去られるのではと、
布団の中で怯えていたのと同じぐらい、
東側諸国との戦争が怖かった。
なので、
学生運動が盛んだったころの肌感が掴めない。
よく理解できない。
わしはインテリではないので、
マルクスもレーニンも読んでいない。
読んでも理解できないだろう。
学生運動に参加した人が、
みな左傾していたわけではないようだが、
その頃の学生の一部が、
今は政治の実力者。
タイのことを、日本の常識で判断して、
文句を言ってしまうのと同じように、
一度刷り込まれた左傾した思想は、
政権を握った今でも、
脳にしっかりと刻み込まれているに違いない。
それらの先生方は今の北朝鮮を見てどう思っているのだろう。
後継者、金 正恩は、
どんな思想の持ち主なのか。
やはり主体思想に洗脳されているのだろうか。
金一族の壮大な権力を、
維持することが使命だと思っているのだろうか。
まだ若いのだから、
世界の情勢を見極め、
柔軟性のある対応を期待したい。
それにしても、権力には人を狂わす何かがあるのでしょうねえ。
権力に大して興味がないわしは、
金日成、金正日、馬菅、小沢の異常な権力欲に、
恐ろしさを感じる。
北朝鮮では壮絶な権力争いが始まっていると思われるが、
もし、その権力を維持できなくなった時、
「窮鼠猫を噛む」
馬鹿なことをしなければ良いが。。。。
北朝鮮の正式名称。
民主主義なのね。
ふーーーん。
瑞穂ちゃんは護憲で反武装。
人権を尊重し、
他国のいちゃもんにも真摯に対応し、
日本の悪行を詫び、
問題は話し合いで穏便に解決。
国家観も希薄。
みたいな考えだと思うが、
瑞穂ちゃんの党は、
歴史的にみても朝鮮労働党に近い。
しかし、北朝鮮の実態は、
軍事大国。
独裁。
弾圧。
人権侵害。
瀬戸際外交。
金親子はデブで民衆はガリガリ。
共産主義の、
中国も旧ソ連も軍事大国。
ソ連にしても、
中国にしても、
共産革命で多くの血を流した。
日本でも昔、左派のテロやデモで、
様々なきな臭い事件が起きている。
だいたい、マルクス自身が暴力革命の方針を明確にしていたらしい。
瑞穂ちゃんの主張と正反対。
それでも何故、
瑞穂ちゃんは社会主義革命を標榜するのだろう???
自分たちが為政すれば、
健全な社会主義国家ができるとでも思っているのか???
それとも、政権など取れるとは思っていないので、
独善的な理想論を言っているだけなのか。
まあ、社会主義とか共産主義とか左とか言うけれと、
思想はそんなに単純なものではないんでしょうね。
わしは多様性が種の保存にとって最も大切だと思うので、
瑞穂ちゃんみたいな考え方の人がいなくてはならないと思っている。
しか~し、どうも日本の現政権与党に、
その分子がいるのが厄介だ。
事務局は社会党の残滓が多いとも聞く。
こいつらに共通するのは、
どうも、詭弁が多い。
理想と現実の差を埋めるためなのだろう。
わしは、
よど号ハイジャック当時の記憶は全くない。
浅間山山荘事件のことは、
テレビで見た微かな記憶がある程度。
60年安保も70年安保も、
全共闘もよく知らない。
北朝鮮が「地上の楽園」と呼ばれていたことも知らない。
物事が分かり始めたときには、
北朝鮮もソ連も仮想敵国だった。
小学生の時、
UFOに乗った宇宙人が現れ連れ去られるのではと、
布団の中で怯えていたのと同じぐらい、
東側諸国との戦争が怖かった。
なので、
学生運動が盛んだったころの肌感が掴めない。
よく理解できない。
わしはインテリではないので、
マルクスもレーニンも読んでいない。
読んでも理解できないだろう。
学生運動に参加した人が、
みな左傾していたわけではないようだが、
その頃の学生の一部が、
今は政治の実力者。
タイのことを、日本の常識で判断して、
文句を言ってしまうのと同じように、
一度刷り込まれた左傾した思想は、
政権を握った今でも、
脳にしっかりと刻み込まれているに違いない。
それらの先生方は今の北朝鮮を見てどう思っているのだろう。
後継者、金 正恩は、
どんな思想の持ち主なのか。
やはり主体思想に洗脳されているのだろうか。
金一族の壮大な権力を、
維持することが使命だと思っているのだろうか。
まだ若いのだから、
世界の情勢を見極め、
柔軟性のある対応を期待したい。
それにしても、権力には人を狂わす何かがあるのでしょうねえ。
権力に大して興味がないわしは、
金日成、金正日、馬菅、小沢の異常な権力欲に、
恐ろしさを感じる。
北朝鮮では壮絶な権力争いが始まっていると思われるが、
もし、その権力を維持できなくなった時、
「窮鼠猫を噛む」
馬鹿なことをしなければ良いが。。。。
2011年12月21日
金体制崩壊
バンコク⇔平壌
週一便、高麗航空が運行しているらしい。
タイと北朝鮮は国交があることは知っていたが、
直行便もあったんですね。
値段が知りたいと思い、
今、少し調べたが出てこない。
一般的な日本人では、
恐らく自由旅行は無理だろう。
添乗員という監視官が付いてなら、
旅行は可能のようだが。。。。
悪名高き北朝鮮。
どんな所なのか一度は行ってみたい気がする。
あんな国のことだから
どこまで本当のことか分からないが、
少し調べると、
信じられないことがあるわあるわ。
1995年以降で餓死者が何と数百万人。
今では優遇されているはずの軍人にも、
餓死者が出ているという話も。。。。
軍隊は100万人を超え、
世界で5番目に大きい。
選挙では、
公認候補しか立候補できず、
選挙区に立候補者1名。
その人に反対票を投じると、
重い尋問を受ける。
なので投票率99.9%、賛成100%
ネットもラジオもテレビも厳しく規制され、
報道、言論、信仰の自由もない。
金親子は偉大だと、
いくら洗脳していても、
こんな状態で本当に統治出来ていたのだろうか。
命の危険を冒して脱北する人が絶えないところを見ると、
やはり内情は無茶苦茶なのだろう。
金正日が死んで一番喜んでいるのは、
北朝鮮の一般庶民ではなかろうか。
後継者とされる金正恩は、
スイスに留学経験があり、
母親は11歳まで大阪に住んでいた在日朝鮮人という話。
西側諸国の状況についても、
良く知っていると思われる。
この20歳台の若造に指導力を発揮できるとは思えないが、
北朝鮮の状態がいかに異常であるかぐらいは、
分かっているだろう。
長く今の体制を保つことが出来ないのは、
分かりきっている。
ならば今が最大のチャンス。
陰謀論が好きな人なら、
金正日の死は、
小浜に依頼されたデューク東郷の仕業だと思っているだろう。
CIAが送り込んだエージェントが、
軍部や労働党に潜り込み、
クーデターを誘発。
混乱している隙に、
国民が立ち上がり、
反体制で抗議。
何かの名目を付け、
韓国軍が38度線を越え、
平壌を制圧。
金体制崩壊。
南北統一。
一件落着。
パチパチパチ・・・・・・
でもないわな~。あの北朝鮮を抱えたら韓国はもたん。
韓国と接することになる中国の反発も大変なものやろね。
拉致された方々。
分断されている家族。
そして、飢餓に苦しむ庶民。
独裁者の犠牲は余りにも大きい。
やはり、どげんかせんとあかん。
我々日本人は隣国で起きている、
状況をもっと知るべきだろう。
そして、日本はアメリカに任せるだけでなく、
主体的に関与する必要があるのではなかろうか。
現政権が、もしアホウ内閣だったら、
内閣機密費でデューク東郷に依頼していただろうにな~。。。。
週一便、高麗航空が運行しているらしい。
タイと北朝鮮は国交があることは知っていたが、
直行便もあったんですね。
値段が知りたいと思い、
今、少し調べたが出てこない。
一般的な日本人では、
恐らく自由旅行は無理だろう。
添乗員という監視官が付いてなら、
旅行は可能のようだが。。。。
悪名高き北朝鮮。
どんな所なのか一度は行ってみたい気がする。
あんな国のことだから
どこまで本当のことか分からないが、
少し調べると、
信じられないことがあるわあるわ。
1995年以降で餓死者が何と数百万人。
今では優遇されているはずの軍人にも、
餓死者が出ているという話も。。。。
軍隊は100万人を超え、
世界で5番目に大きい。
選挙では、
公認候補しか立候補できず、
選挙区に立候補者1名。
その人に反対票を投じると、
重い尋問を受ける。
なので投票率99.9%、賛成100%
ネットもラジオもテレビも厳しく規制され、
報道、言論、信仰の自由もない。
金親子は偉大だと、
いくら洗脳していても、
こんな状態で本当に統治出来ていたのだろうか。
命の危険を冒して脱北する人が絶えないところを見ると、
やはり内情は無茶苦茶なのだろう。
金正日が死んで一番喜んでいるのは、
北朝鮮の一般庶民ではなかろうか。
後継者とされる金正恩は、
スイスに留学経験があり、
母親は11歳まで大阪に住んでいた在日朝鮮人という話。
西側諸国の状況についても、
良く知っていると思われる。
この20歳台の若造に指導力を発揮できるとは思えないが、
北朝鮮の状態がいかに異常であるかぐらいは、
分かっているだろう。
長く今の体制を保つことが出来ないのは、
分かりきっている。
ならば今が最大のチャンス。
陰謀論が好きな人なら、
金正日の死は、
小浜に依頼されたデューク東郷の仕業だと思っているだろう。
CIAが送り込んだエージェントが、
軍部や労働党に潜り込み、
クーデターを誘発。
混乱している隙に、
国民が立ち上がり、
反体制で抗議。
何かの名目を付け、
韓国軍が38度線を越え、
平壌を制圧。
金体制崩壊。
南北統一。
一件落着。
パチパチパチ・・・・・・
でもないわな~。あの北朝鮮を抱えたら韓国はもたん。
韓国と接することになる中国の反発も大変なものやろね。
拉致された方々。
分断されている家族。
そして、飢餓に苦しむ庶民。
独裁者の犠牲は余りにも大きい。
やはり、どげんかせんとあかん。
我々日本人は隣国で起きている、
状況をもっと知るべきだろう。
そして、日本はアメリカに任せるだけでなく、
主体的に関与する必要があるのではなかろうか。
現政権が、もしアホウ内閣だったら、
内閣機密費でデューク東郷に依頼していただろうにな~。。。。
2011年12月19日
金正日死去。
年の暮れに、
またまたびっくりするニュースが。。。。
今年は、色々起こりますね。
後任には、
三男坊の正恩になるとか。
まだ28歳。
世襲が3代も続くとは、
やはり異常。
北朝鮮は粛清政治を引き、
経済はガタガタ。
飢饉になれば餓死者多数。
世界から孤立している。
金日成とは違い、
金正日に対しては、
長年の恨みで、
裏では不満分子が多いのではないだろうか。
そんな中、
若造が最高権力者。
権力には、
闘争が付き物。
何か起こらなければ良いが。。。。
もしもの時、
今の日本政府では心許ない。
自国民を救助する目的でも、
北朝鮮にはおろか、
韓国にも自衛隊を派遣することが出来ないのでは無いだろうか。
偉そうに言っていても、
イザとなったら米兵におんぶに抱っこだと、
情けない。
北国の春。
国民が立ち上がり、
独裁体制を倒し、
民主化を果たす良い機会だと思うが、
そんな力もないのだろうか。。。
無口な親父と兄貴がふたり、
たまには酒でも飲んで、
一揆の話をしているだろか~~
あの故郷に自由に帰りたい人は多い。
またまたびっくりするニュースが。。。。
今年は、色々起こりますね。
後任には、
三男坊の正恩になるとか。
まだ28歳。
世襲が3代も続くとは、
やはり異常。
北朝鮮は粛清政治を引き、
経済はガタガタ。
飢饉になれば餓死者多数。
世界から孤立している。
金日成とは違い、
金正日に対しては、
長年の恨みで、
裏では不満分子が多いのではないだろうか。
そんな中、
若造が最高権力者。
権力には、
闘争が付き物。
何か起こらなければ良いが。。。。
もしもの時、
今の日本政府では心許ない。
自国民を救助する目的でも、
北朝鮮にはおろか、
韓国にも自衛隊を派遣することが出来ないのでは無いだろうか。
偉そうに言っていても、
イザとなったら米兵におんぶに抱っこだと、
情けない。
北国の春。
国民が立ち上がり、
独裁体制を倒し、
民主化を果たす良い機会だと思うが、
そんな力もないのだろうか。。。
無口な親父と兄貴がふたり、
たまには酒でも飲んで、
一揆の話をしているだろか~~
あの故郷に自由に帰りたい人は多い。
2011年12月19日
情報
【冷温停止状態】
原発事故が節目を迎えたと、
どじょう総理が宣言したようですね。
まずは一安心して良いのかな。
恐らく、最悪の事態は無くなったのだろう。
今回の事故が最悪の事態のような気もするが。。。。
今回の発表に対し、
批判が多いようでんな。
まあ、誰も政府を信用できないのも仕方ないし、
マスコミは権力を監視することが、
役割の一つだろうから、
厳しい目で批評するのも、
当り前だろう。
しかし、
格納容器の中が確認できないから、
メルトダウンしていたことの発表が遅れると、
批判され、
冷温停止したと発表すれば、
中を確認できない状況で、
何故そんなことが言えるのかと、
批判される。
大変でんな。
わしは、
政府は確かなことしか発表できないという理屈も、
仕方ないと思う。
責任のないマスコミやコメンテーターとは違う。
実務を取り仕切る政治家や官僚が、
無責任な観測論を言うことは、
やはり、避けるべきだ。
細野豪志大臣が、
「テレビで水素爆発の映像を見るまで、
何が起こっているか把握できなかった」
とテレビで答えていたが、
恐らく、官邸に入る情報も錯乱し、
状況把握もできない状態だったのだろう。
映画みたいに、
正確な情報が次々と入り、
リーダーがテキパキと指示する、
そんな状況とは程遠かったのではないだろうか。
世界の危機に立ち向かっているアメリカとは違い、
危機管理能力が衰退しているのは、
日本国全体の問題だ。
様々な意見や、
様々な立場がある。
それに、意思決定が困難な制度がある。
そして、その時に、
危機意識も指導、統率する力量もない無能なリーダーを、
戴いていたのも、
我が国の不幸である。
パニックになった馬菅がうろたえている姿が目に浮かぶ。
パニックを恐れて、
情報をコントロールするということも、
選択肢の一つだとも思う。
あの時、実際にスピーディーの予測を発表していたら、
どうだったのだろうと考えることがある。
今まで経験のない、
大規模で早急な避難になる。
お年寄りや病人の避難。
移動手段のない方々の避難。
多大な避難者の受け入れ先。
混乱を極めたに違いない。
交通事故や、
重篤者の搬送で、
恐らく犠牲者が出ていただろう。
政府がそれを恐れても仕方ないと思う。
原発事故に関しての政府の対応は、
歴史が評価するだろう。
馬菅は歴史に名を残すことは間違いない。
それにしても、情報は隠さず発表しなければならないと、
わしは思う。
今は情報を隠し通すことが困難だ。
コントロール不能な時代なのだと思う。
どじょう総理が泥に隠れ、
余計な情報を発信しようとしないのは、
そのことが分かっているからだろう。
今回の宣言に嘘はないことを信じたい。
原発事故が節目を迎えたと、
どじょう総理が宣言したようですね。
まずは一安心して良いのかな。
恐らく、最悪の事態は無くなったのだろう。
今回の事故が最悪の事態のような気もするが。。。。
今回の発表に対し、
批判が多いようでんな。
まあ、誰も政府を信用できないのも仕方ないし、
マスコミは権力を監視することが、
役割の一つだろうから、
厳しい目で批評するのも、
当り前だろう。
しかし、
格納容器の中が確認できないから、
メルトダウンしていたことの発表が遅れると、
批判され、
冷温停止したと発表すれば、
中を確認できない状況で、
何故そんなことが言えるのかと、
批判される。
大変でんな。
わしは、
政府は確かなことしか発表できないという理屈も、
仕方ないと思う。
責任のないマスコミやコメンテーターとは違う。
実務を取り仕切る政治家や官僚が、
無責任な観測論を言うことは、
やはり、避けるべきだ。
細野豪志大臣が、
「テレビで水素爆発の映像を見るまで、
何が起こっているか把握できなかった」
とテレビで答えていたが、
恐らく、官邸に入る情報も錯乱し、
状況把握もできない状態だったのだろう。
映画みたいに、
正確な情報が次々と入り、
リーダーがテキパキと指示する、
そんな状況とは程遠かったのではないだろうか。
世界の危機に立ち向かっているアメリカとは違い、
危機管理能力が衰退しているのは、
日本国全体の問題だ。
様々な意見や、
様々な立場がある。
それに、意思決定が困難な制度がある。
そして、その時に、
危機意識も指導、統率する力量もない無能なリーダーを、
戴いていたのも、
我が国の不幸である。
パニックになった馬菅がうろたえている姿が目に浮かぶ。
パニックを恐れて、
情報をコントロールするということも、
選択肢の一つだとも思う。
あの時、実際にスピーディーの予測を発表していたら、
どうだったのだろうと考えることがある。
今まで経験のない、
大規模で早急な避難になる。
お年寄りや病人の避難。
移動手段のない方々の避難。
多大な避難者の受け入れ先。
混乱を極めたに違いない。
交通事故や、
重篤者の搬送で、
恐らく犠牲者が出ていただろう。
政府がそれを恐れても仕方ないと思う。
原発事故に関しての政府の対応は、
歴史が評価するだろう。
馬菅は歴史に名を残すことは間違いない。
それにしても、情報は隠さず発表しなければならないと、
わしは思う。
今は情報を隠し通すことが困難だ。
コントロール不能な時代なのだと思う。
どじょう総理が泥に隠れ、
余計な情報を発信しようとしないのは、
そのことが分かっているからだろう。
今回の宣言に嘘はないことを信じたい。
2011年11月27日
洪水
ガイヤの夜明けを見た。
http://varadoga.blog136.fc2.com/blog-entry-8380.html
イサーンに住んでいたら実感しない、
洪水の現状が映像に映し出されていた。
わしが思っていたより、
現場は酷い。
でも、今まで書いてきたが、
タイの洪水はある程度想定できるのだと思う。
水は低いところへ流れる。
誰もが分かる原理。
徐々に溢れた水がどこへ行くか??、
自然が相手なので難しい面はあるとは思うが、
そんなに予想は難しくないと思う。
テレビでは、
翌朝には洪水が来るとの予測で、
トレーナーやトラックを段取りして金型などを移送したが、
実際には浸水しなかった日本企業の苦悩を放映していた。
その損失は大変なものだろう。
東日本大震災もそうだが、
過去の例を尊重すれば、
人が安全に住めるところは限られているのだと思う。
しかし、産業革命以降、人口は爆発的に増え、
人間は本来住むべきはないところへ、
不完全だが想定内の人工的な対策をして、
住み出した面があるのだろう。
今、脱原発を代表される議論に、
増え過ぎた人口への考慮がない場合が多いように思う。
今の人口を養うには、
高効率なエネルギー源が必要なことは明らか。
わしが10年前に行った最貧国のネパールでは、
色々と面白いことがあった。
ヒマヤラ山脈が望めるポカラに行き、
目的もなく歩いていると、
川では洗濯、
山で芝刈りという、
物語の世界に出くわしたものだ。
芝刈りにきたおねーちゃんの手伝いをしたが、
そのおねーちゃんが綺麗で、
付いて行きたくなった思い出がある。
日本では薪でエネルギーを得るということは、
まず効率的でない。
もしそんなことをすれば森林は無くなってしまうに違いない。
逆に地球に厳しい。
村で遊ぶ子供の写真を撮り、
翌日現像をして持って行くと、
その家族にインサントラーメンを振舞われた記憶が、
今でも忘れられない。
わしは日本は現在とは違う、
新しい価値観を標榜すべきたど思っている。
アメリカ型資本主義が第一だとは思っていない。
それにはタイを初めとする東南アジアの生き方が、
参考になるのではないかと思っている。
戦後、アメリカに追い越せ追いつけと、
我武者羅になった日本社会は、
アメリカの価値観が植えつけられている。
その転換はなかなか難しい。
様々な世界に飛び出し、
様々な価値感を体感し、
様々な常識に触れることは、
日本人の常識を破ることになるだろう。
日本人には類まれななる、
対応力でがある。
人を思いやる優しい気持ちがある。
日本の長い長い文化を尊重しながらも、
世界で通用する貿易は必ずあると思う。
先日、
洪水の被害に合いながら、
笑って過ごしているタイ人に、
世界が驚愕している。。。。。
ニコ動で青山繁晴氏が言っていた。
思わず笑ってしまった。
それは必ずしも正しいとは思えないが、
この逆境へ対するタイ人の楽観的な態度は見習うべきだと思う。
日本は真面目過ぎる。
マンペンライ。
良い言葉だ。。。。。。
http://varadoga.blog136.fc2.com/blog-entry-8380.html
イサーンに住んでいたら実感しない、
洪水の現状が映像に映し出されていた。
わしが思っていたより、
現場は酷い。
でも、今まで書いてきたが、
タイの洪水はある程度想定できるのだと思う。
水は低いところへ流れる。
誰もが分かる原理。
徐々に溢れた水がどこへ行くか??、
自然が相手なので難しい面はあるとは思うが、
そんなに予想は難しくないと思う。
テレビでは、
翌朝には洪水が来るとの予測で、
トレーナーやトラックを段取りして金型などを移送したが、
実際には浸水しなかった日本企業の苦悩を放映していた。
その損失は大変なものだろう。
東日本大震災もそうだが、
過去の例を尊重すれば、
人が安全に住めるところは限られているのだと思う。
しかし、産業革命以降、人口は爆発的に増え、
人間は本来住むべきはないところへ、
不完全だが想定内の人工的な対策をして、
住み出した面があるのだろう。
今、脱原発を代表される議論に、
増え過ぎた人口への考慮がない場合が多いように思う。
今の人口を養うには、
高効率なエネルギー源が必要なことは明らか。
わしが10年前に行った最貧国のネパールでは、
色々と面白いことがあった。
ヒマヤラ山脈が望めるポカラに行き、
目的もなく歩いていると、
川では洗濯、
山で芝刈りという、
物語の世界に出くわしたものだ。
芝刈りにきたおねーちゃんの手伝いをしたが、
そのおねーちゃんが綺麗で、
付いて行きたくなった思い出がある。
日本では薪でエネルギーを得るということは、
まず効率的でない。
もしそんなことをすれば森林は無くなってしまうに違いない。
逆に地球に厳しい。
村で遊ぶ子供の写真を撮り、
翌日現像をして持って行くと、
その家族にインサントラーメンを振舞われた記憶が、
今でも忘れられない。
わしは日本は現在とは違う、
新しい価値観を標榜すべきたど思っている。
アメリカ型資本主義が第一だとは思っていない。
それにはタイを初めとする東南アジアの生き方が、
参考になるのではないかと思っている。
戦後、アメリカに追い越せ追いつけと、
我武者羅になった日本社会は、
アメリカの価値観が植えつけられている。
その転換はなかなか難しい。
様々な世界に飛び出し、
様々な価値感を体感し、
様々な常識に触れることは、
日本人の常識を破ることになるだろう。
日本人には類まれななる、
対応力でがある。
人を思いやる優しい気持ちがある。
日本の長い長い文化を尊重しながらも、
世界で通用する貿易は必ずあると思う。
先日、
洪水の被害に合いながら、
笑って過ごしているタイ人に、
世界が驚愕している。。。。。
ニコ動で青山繁晴氏が言っていた。
思わず笑ってしまった。
それは必ずしも正しいとは思えないが、
この逆境へ対するタイ人の楽観的な態度は見習うべきだと思う。
日本は真面目過ぎる。
マンペンライ。
良い言葉だ。。。。。。