2012年04月02日
会社人間
長身痩躯。
整った顔立ち。
歳は幾つぐらいだろうか。
案外若いのかもしれないし、
案外歳をとっているのかもしれない。
恐らく40歳台。
ボサボサの髪を後で纏め、
化粧っけはなく、
ダサい服をだらしなく着て、
とぼとぼと歩く。
漫画に出てくる学者みたい。
もし、流行のファッションで身を包み、
化粧を施し、
凛と歩けば、
モデルのようになるに違いない。
今週からいきなり女性の上司が着任した。
プロジェクト ディレクターという肩書き。
下には、
日本人の本部長。
工事部長。
技術部長。
そして、勿論わしも。
つまり、経理や総務を除く、
商売の実質の責任者。
今まで、
現場で汗水流し、
お金を稼いできた男たちを、
軽く飛び越え、
頭の上に舞い降りる。
どこかで博士を取得しているらしいので、
勉強は出来るのだろうが、
どこまで仕事が出来るのだろうか。
主なお客様である日本人のこともどこまで分かっているのか。
今はどうだかしらないが、
ウブな若者を教育し、
忠誠心を植えつけ、
会社人間に育てる日本企業では、
机上の勉強だけで、
実践を知らない博士様は、
研究部門を除けば、
敬遠していたのではなかろうか。
恐らく、学歴があるというだけで、
いきなり実行部隊の長になることはない。
タイの社会は役割分担がはっきりしている。
エンジニアとして着任すれば、
下働きをすることはない。
フォアマンとして入社すれば、
エンジニアになることもない。
そして、仕事が嫌になれば、
他に良い仕事があれば、
さっさと辞めて行く。
会社に依存して生きる人は少ない。
だから、会社は社員の教育をしようとは思わないし、
経験が豊かで優秀な人材も少ない。
わしが入社してから、
何人の人が入社し辞めていっただろう。
わしが知っているだけでも、
両手は下らない。
一日や二日で辞めていく人も珍しくない。
わしが入社したとき、
歓迎ムードはなく、
余りにあっけらかんとしていたのは、
日本人が嫌われているのではなく、
人の入れ替わりが日常茶飯事だったからだ。
今でも、
朝の挨拶をする人は少ない。
仕事が終われば、
さっさと帰って行く。
極稀に社長からビールの差し入れが入るぐらいで、
夜の付き合いも無い。
ただ、仕事は真面目(勿論例外も)。
事務所の人は、
もくもくとパソコンに向かっている。
サービス残業も珍しくない。
これは、意外。
「大学出は仕事ができない奴が多い。叩き上げで頑張っている奴の方が仕事ができる」
先日、そう言って、
部下を叱ったら逆ギレされた、
熱血漢の日本人技術者は、
ホントに嫌気が指したのか、
肩の荷が降りたのか、
清々した表情で辞めていった。
タイはタイの社会がある。
日本の社会を持ち込むのが、
正しいとは思わない。
しかし、この会社は顧客が主に日系企業。
日本人の価値観に対応しなければ、
仕事はない。
信用を得ることは出来ない。
わしが、タイ人のことを理解できないように、
ここのタイ人が、
日本人の本質を理解することは不可能に近いと思う。
ここで働く限り、
わしは会社と日本人顧客に挟まれ、
苦労する日に終わりはない。
タイ人のように、
自分さえ楽しければそれで良いという、
解脱にも似た境地に達すれば、
苦悩もなくなるのかもしれないが。。。。
まあ、働きたくとも、
会社からクビを言い渡される可能性は五分五分。
その時は、
送別会は勿論、
誰も気にかけてくれる人はいないだろう。
それはそれで、
潔い。
整った顔立ち。
歳は幾つぐらいだろうか。
案外若いのかもしれないし、
案外歳をとっているのかもしれない。
恐らく40歳台。
ボサボサの髪を後で纏め、
化粧っけはなく、
ダサい服をだらしなく着て、
とぼとぼと歩く。
漫画に出てくる学者みたい。
もし、流行のファッションで身を包み、
化粧を施し、
凛と歩けば、
モデルのようになるに違いない。
今週からいきなり女性の上司が着任した。
プロジェクト ディレクターという肩書き。
下には、
日本人の本部長。
工事部長。
技術部長。
そして、勿論わしも。
つまり、経理や総務を除く、
商売の実質の責任者。
今まで、
現場で汗水流し、
お金を稼いできた男たちを、
軽く飛び越え、
頭の上に舞い降りる。
どこかで博士を取得しているらしいので、
勉強は出来るのだろうが、
どこまで仕事が出来るのだろうか。
主なお客様である日本人のこともどこまで分かっているのか。
今はどうだかしらないが、
ウブな若者を教育し、
忠誠心を植えつけ、
会社人間に育てる日本企業では、
机上の勉強だけで、
実践を知らない博士様は、
研究部門を除けば、
敬遠していたのではなかろうか。
恐らく、学歴があるというだけで、
いきなり実行部隊の長になることはない。
タイの社会は役割分担がはっきりしている。
エンジニアとして着任すれば、
下働きをすることはない。
フォアマンとして入社すれば、
エンジニアになることもない。
そして、仕事が嫌になれば、
他に良い仕事があれば、
さっさと辞めて行く。
会社に依存して生きる人は少ない。
だから、会社は社員の教育をしようとは思わないし、
経験が豊かで優秀な人材も少ない。
わしが入社してから、
何人の人が入社し辞めていっただろう。
わしが知っているだけでも、
両手は下らない。
一日や二日で辞めていく人も珍しくない。
わしが入社したとき、
歓迎ムードはなく、
余りにあっけらかんとしていたのは、
日本人が嫌われているのではなく、
人の入れ替わりが日常茶飯事だったからだ。
今でも、
朝の挨拶をする人は少ない。
仕事が終われば、
さっさと帰って行く。
極稀に社長からビールの差し入れが入るぐらいで、
夜の付き合いも無い。
ただ、仕事は真面目(勿論例外も)。
事務所の人は、
もくもくとパソコンに向かっている。
サービス残業も珍しくない。
これは、意外。
「大学出は仕事ができない奴が多い。叩き上げで頑張っている奴の方が仕事ができる」
先日、そう言って、
部下を叱ったら逆ギレされた、
熱血漢の日本人技術者は、
ホントに嫌気が指したのか、
肩の荷が降りたのか、
清々した表情で辞めていった。
タイはタイの社会がある。
日本の社会を持ち込むのが、
正しいとは思わない。
しかし、この会社は顧客が主に日系企業。
日本人の価値観に対応しなければ、
仕事はない。
信用を得ることは出来ない。
わしが、タイ人のことを理解できないように、
ここのタイ人が、
日本人の本質を理解することは不可能に近いと思う。
ここで働く限り、
わしは会社と日本人顧客に挟まれ、
苦労する日に終わりはない。
タイ人のように、
自分さえ楽しければそれで良いという、
解脱にも似た境地に達すれば、
苦悩もなくなるのかもしれないが。。。。
まあ、働きたくとも、
会社からクビを言い渡される可能性は五分五分。
その時は、
送別会は勿論、
誰も気にかけてくれる人はいないだろう。
それはそれで、
潔い。
2012年03月03日
大変遅くなりましたが新年のご挨拶
厄年は数年前に終わったのに、
昨年から続いている厄災は今年も続いている。
まあ、これも気の持ち様次第。
自業自得な面もある。
もっと前向きに考えれば良いのだろうが。。。。
わしはそこまで心が広くない。
西暦2012年、仏暦で2555年の年頭、
わしは大きな分岐点を曲がり、
再びフラフラと千鳥足で歩き出した。
キョロキョロしながら歩くオヤジをゴジラが睨み、
「アケミ」「花子」など狭い通りに何十ものクラブのネオンが
ゴルフ焼けしたオヤジの間抜けな顔を照らす。
「社長」「いらっしゃい」
化粧の濃い綺麗なおねーちゃん達が声をかける。
娘より若いのではないかと思われる女を連れて、
鼻の下を伸ばしたポロシャツオヤジが通り過ぎる。
ネクタイ姿の赤ら顔をしたおじさん数人が、
1人のおっさんを車に乗せ、
頭をペコペコ。
車が出ると、
ホッとした雰囲気が広がり、
残ったオヤジたちは談笑を始める。
もう一軒行くのだろうか。
ここは、新地でも中洲でもない。
タイのタニア通り。
日本人向けのクラブが所狭しと並ぶ歓楽街だ。
この通りにあるビルに古本屋がある。
一冊20Bで投げ売りをしていた、
古ぼけた文庫本を数冊購入した後、
コンビニで買った缶ビールを飲みながら、
通りで繰り広げられている光景をぼんやりと眺めていた。
この通りの店は日本の景気に無関係ではない。
バブル時に比べて客が少ないのだろう。
飲み放題1時間で600Bという店が多くあり、
呼び込みに忙しい。
近くのバッポン通りで、
ビールを飲むと小瓶で120バーツはするので、
タニアで日本のカラオケを歌いながら、
1時間で飲みまくれば、
そんなに高くはない。
だが、今のわしにはそんな金も惜しい。
わしは、日本ではしがないサラリーマンだった。
今一つ適応できなかったから、
今、こんな所へ住んでいるのだろうが、
それでも、
日本のサラリーマンの実態もある程度分かっている。
ここで飲んでいるサラリーマン達は、
タイの日系企業で働いているのだろうから、
その行動は日本的。
懐かしい。
日本のサラリーマンは大変だな〜と思いながら、
ビールを喉に流し込む。
何故か苦い。
何か虚しい気持ちに陥る。
車に向かって、
皆が一斉に頭を深々と下げる。
やっぱり何か変。
タイに住むようになって、余計にそう思う。
景気の悪い日本では、
この様な付き合い、接待は随分と減っただろうが、
ここでは、まだ古き時代の名残があった。
わざわざ日本からタイに来ている上司やお客様だから、
今でもこんな接待をしているのだろうか。
その日が金曜日だったので、
特に多く目に付いたのかもしれないが。
こんな日本社会に復帰するのが嫌で、
「今度が最後、帰ったら再就職]と心に決めながらも、
何度も何度もアジアへ向かう飛行機に飛び乗ったのは、
もう10年近く前。
それからイサーンに流れ着き、
自由気ままな生活をしていた。
それが。。。。。
今ではしがないサラリーマンに逆戻り。
しかもタイの会社。
何と、今年からバンコクで働き出したのだ。
昨年の後半は色々と問題があり、
新しい道を歩かざるを得なくなった。
様々な道を探っていたが、
結局は宮仕えの道しか先は見えず、
昨年末からタイで就職活動。
わしの経歴、能力でも、
拾ってくれるのは、
タイ人が経営している会社しか見つからない。
この会社は日系企業を相手に商売をしているので、
日本人が必要なのだ。
わしが相手をするのは、
お客様は神様だと信じ、
こちらを見下し、
社内での立場や保身を第一に考え、
会社に妙な忠誠心を持つ、
日本のサラリーマン。
当社で仕事をするのは勿論タイ人。
その間に挟まって、
わしは頭をペコペコ。
タイの会社だから、わしは肩身が狭いし、
何かよそよそしい。
まだ、状況が掴めないし、
慣れてないので、
仕事の手順もよく分からない。
言葉の壁もある。
でも、お客様には言い訳できない。
この会社で働く日本人はわしを含め二名。
もう1人の日本人オヤジは、
自慢話に愚痴ばかり。
自己愛が肥大化している。
まあ、この手のオヤジには、
幸か不幸か慣れっこになっているが、
ただ1人の日本人がこれでは、、、
疲れるし、
仕事の相談もままならない。
話が通じない。
あああ〜嫌だ。
サラリーマン生活。
食堂経営は、
利益は少ないし、
体力的には辛かったけど、
女子大生相手にカツ丼を作っていた方がどんなに楽しいか。
こんな所に居ると、
会社やお客さんの愚痴を言いながら、
タニアで酒が飲みたくなる!!
「終わったら一杯行くか?」
という相手もおらん。。。寂しい。
昨年から続いている厄災は今年も続いている。
まあ、これも気の持ち様次第。
自業自得な面もある。
もっと前向きに考えれば良いのだろうが。。。。
わしはそこまで心が広くない。
西暦2012年、仏暦で2555年の年頭、
わしは大きな分岐点を曲がり、
再びフラフラと千鳥足で歩き出した。
キョロキョロしながら歩くオヤジをゴジラが睨み、
「アケミ」「花子」など狭い通りに何十ものクラブのネオンが
ゴルフ焼けしたオヤジの間抜けな顔を照らす。
「社長」「いらっしゃい」
化粧の濃い綺麗なおねーちゃん達が声をかける。
娘より若いのではないかと思われる女を連れて、
鼻の下を伸ばしたポロシャツオヤジが通り過ぎる。
ネクタイ姿の赤ら顔をしたおじさん数人が、
1人のおっさんを車に乗せ、
頭をペコペコ。
車が出ると、
ホッとした雰囲気が広がり、
残ったオヤジたちは談笑を始める。
もう一軒行くのだろうか。
ここは、新地でも中洲でもない。
タイのタニア通り。
日本人向けのクラブが所狭しと並ぶ歓楽街だ。
この通りにあるビルに古本屋がある。
一冊20Bで投げ売りをしていた、
古ぼけた文庫本を数冊購入した後、
コンビニで買った缶ビールを飲みながら、
通りで繰り広げられている光景をぼんやりと眺めていた。
この通りの店は日本の景気に無関係ではない。
バブル時に比べて客が少ないのだろう。
飲み放題1時間で600Bという店が多くあり、
呼び込みに忙しい。
近くのバッポン通りで、
ビールを飲むと小瓶で120バーツはするので、
タニアで日本のカラオケを歌いながら、
1時間で飲みまくれば、
そんなに高くはない。
だが、今のわしにはそんな金も惜しい。
わしは、日本ではしがないサラリーマンだった。
今一つ適応できなかったから、
今、こんな所へ住んでいるのだろうが、
それでも、
日本のサラリーマンの実態もある程度分かっている。
ここで飲んでいるサラリーマン達は、
タイの日系企業で働いているのだろうから、
その行動は日本的。
懐かしい。
日本のサラリーマンは大変だな〜と思いながら、
ビールを喉に流し込む。
何故か苦い。
何か虚しい気持ちに陥る。
車に向かって、
皆が一斉に頭を深々と下げる。
やっぱり何か変。
タイに住むようになって、余計にそう思う。
景気の悪い日本では、
この様な付き合い、接待は随分と減っただろうが、
ここでは、まだ古き時代の名残があった。
わざわざ日本からタイに来ている上司やお客様だから、
今でもこんな接待をしているのだろうか。
その日が金曜日だったので、
特に多く目に付いたのかもしれないが。
こんな日本社会に復帰するのが嫌で、
「今度が最後、帰ったら再就職]と心に決めながらも、
何度も何度もアジアへ向かう飛行機に飛び乗ったのは、
もう10年近く前。
それからイサーンに流れ着き、
自由気ままな生活をしていた。
それが。。。。。
今ではしがないサラリーマンに逆戻り。
しかもタイの会社。
何と、今年からバンコクで働き出したのだ。
昨年の後半は色々と問題があり、
新しい道を歩かざるを得なくなった。
様々な道を探っていたが、
結局は宮仕えの道しか先は見えず、
昨年末からタイで就職活動。
わしの経歴、能力でも、
拾ってくれるのは、
タイ人が経営している会社しか見つからない。
この会社は日系企業を相手に商売をしているので、
日本人が必要なのだ。
わしが相手をするのは、
お客様は神様だと信じ、
こちらを見下し、
社内での立場や保身を第一に考え、
会社に妙な忠誠心を持つ、
日本のサラリーマン。
当社で仕事をするのは勿論タイ人。
その間に挟まって、
わしは頭をペコペコ。
タイの会社だから、わしは肩身が狭いし、
何かよそよそしい。
まだ、状況が掴めないし、
慣れてないので、
仕事の手順もよく分からない。
言葉の壁もある。
でも、お客様には言い訳できない。
この会社で働く日本人はわしを含め二名。
もう1人の日本人オヤジは、
自慢話に愚痴ばかり。
自己愛が肥大化している。
まあ、この手のオヤジには、
幸か不幸か慣れっこになっているが、
ただ1人の日本人がこれでは、、、
疲れるし、
仕事の相談もままならない。
話が通じない。
あああ〜嫌だ。
サラリーマン生活。
食堂経営は、
利益は少ないし、
体力的には辛かったけど、
女子大生相手にカツ丼を作っていた方がどんなに楽しいか。
こんな所に居ると、
会社やお客さんの愚痴を言いながら、
タニアで酒が飲みたくなる!!
「終わったら一杯行くか?」
という相手もおらん。。。寂しい。
2011年12月31日
2011年
2011年も幕を閉じようとしている。
2011年。
激動の年であった。
大震災に原発事故。
タイでは大洪水。
チュニジア、エジプト、リビアの革命。
ギリシャ問題を抱えるEU。
ビン・ラディン、ガタフィーが殺され、
金正日が死去した。
わし個人も、
色々とあった年だった。
怒り、悲しみ、苦しみ。
2011年も今日で終わる。
今日と明日とで、
物理的には何か特別に変わる訳ではないが、
気持ち的には一区切り。
心機一転。
気持ちを切り替えたい。
2011年は資本主義の限界が明らかになって来たような気もするが、
一方、社会主義は金の死で、
更に終焉へ向かうだろう。
2012年。
辰のように、
飛翔の年になることを祈りたいが、
現実には難しそう。
学者や識者は日銀や役人、そして政治家を批判するが、
実際に実行する方は、
それなりのリスクや現実があるから、
責任を回避する傾向になるのは仕方ない。
政治家にリーダーシップを期待したいが、
今でも、あの小泉元総理の構造改革に批判する人が多いのを見ても、
民主主義とはいささかもどかしい。
「痛みを伴う構造改革」と言って国民の支持を得たのに、
痛みを感じた人からは文句が出る。
まあ、それも仕方ないか。
人口構成、環境が全く違うので、
社会保障を維持できないのは明らか。
経済が疲弊しているし、
日本は成熟期に入っているので、
新しい成長産業はあまり期待できない。
政治家は国民の鏡と言うが、
政治家を見ていると、
憲法や法律、制度だけでなく、
やはり、国民の意識にも、
問題があるのだろう。
問題を山積したまま年を越す。
山本夏彦氏は「正義は国を滅ぼす」と言ったらしいが、
わしもそう思う。
世の中は様々な事象が複雑に絡み合って成り立っている。
そこに単純な正義感で物事を判断することに無理がある。
先送り。
時間薬。
日本人が培ってきた知恵かもしれんな~。
国は待ったなしの状態かもしれんが、
(この十数年はずっと、待ったなし、これが最後、みたいな状態が続いているような気もするがーー)
わしは取り合えず、
焦らずのんびりと。。。。
2012年もなるようにしかならん。
では、皆様よい年をお迎えください。
2011年。
激動の年であった。
大震災に原発事故。
タイでは大洪水。
チュニジア、エジプト、リビアの革命。
ギリシャ問題を抱えるEU。
ビン・ラディン、ガタフィーが殺され、
金正日が死去した。
わし個人も、
色々とあった年だった。
怒り、悲しみ、苦しみ。
2011年も今日で終わる。
今日と明日とで、
物理的には何か特別に変わる訳ではないが、
気持ち的には一区切り。
心機一転。
気持ちを切り替えたい。
2011年は資本主義の限界が明らかになって来たような気もするが、
一方、社会主義は金の死で、
更に終焉へ向かうだろう。
2012年。
辰のように、
飛翔の年になることを祈りたいが、
現実には難しそう。
学者や識者は日銀や役人、そして政治家を批判するが、
実際に実行する方は、
それなりのリスクや現実があるから、
責任を回避する傾向になるのは仕方ない。
政治家にリーダーシップを期待したいが、
今でも、あの小泉元総理の構造改革に批判する人が多いのを見ても、
民主主義とはいささかもどかしい。
「痛みを伴う構造改革」と言って国民の支持を得たのに、
痛みを感じた人からは文句が出る。
まあ、それも仕方ないか。
人口構成、環境が全く違うので、
社会保障を維持できないのは明らか。
経済が疲弊しているし、
日本は成熟期に入っているので、
新しい成長産業はあまり期待できない。
政治家は国民の鏡と言うが、
政治家を見ていると、
憲法や法律、制度だけでなく、
やはり、国民の意識にも、
問題があるのだろう。
問題を山積したまま年を越す。
山本夏彦氏は「正義は国を滅ぼす」と言ったらしいが、
わしもそう思う。
世の中は様々な事象が複雑に絡み合って成り立っている。
そこに単純な正義感で物事を判断することに無理がある。
先送り。
時間薬。
日本人が培ってきた知恵かもしれんな~。
国は待ったなしの状態かもしれんが、
(この十数年はずっと、待ったなし、これが最後、みたいな状態が続いているような気もするがーー)
わしは取り合えず、
焦らずのんびりと。。。。
2012年もなるようにしかならん。
では、皆様よい年をお迎えください。
2011年12月23日
社会主義とは。。。。
朝鮮民主主義人民共和国。
北朝鮮の正式名称。
民主主義なのね。
ふーーーん。
瑞穂ちゃんは護憲で反武装。
人権を尊重し、
他国のいちゃもんにも真摯に対応し、
日本の悪行を詫び、
問題は話し合いで穏便に解決。
国家観も希薄。
みたいな考えだと思うが、
瑞穂ちゃんの党は、
歴史的にみても朝鮮労働党に近い。
しかし、北朝鮮の実態は、
軍事大国。
独裁。
弾圧。
人権侵害。
瀬戸際外交。
金親子はデブで民衆はガリガリ。
共産主義の、
中国も旧ソ連も軍事大国。
ソ連にしても、
中国にしても、
共産革命で多くの血を流した。
日本でも昔、左派のテロやデモで、
様々なきな臭い事件が起きている。
だいたい、マルクス自身が暴力革命の方針を明確にしていたらしい。
瑞穂ちゃんの主張と正反対。
それでも何故、
瑞穂ちゃんは社会主義革命を標榜するのだろう???
自分たちが為政すれば、
健全な社会主義国家ができるとでも思っているのか???
それとも、政権など取れるとは思っていないので、
独善的な理想論を言っているだけなのか。
まあ、社会主義とか共産主義とか左とか言うけれと、
思想はそんなに単純なものではないんでしょうね。
わしは多様性が種の保存にとって最も大切だと思うので、
瑞穂ちゃんみたいな考え方の人がいなくてはならないと思っている。
しか~し、どうも日本の現政権与党に、
その分子がいるのが厄介だ。
事務局は社会党の残滓が多いとも聞く。
こいつらに共通するのは、
どうも、詭弁が多い。
理想と現実の差を埋めるためなのだろう。
わしは、
よど号ハイジャック当時の記憶は全くない。
浅間山山荘事件のことは、
テレビで見た微かな記憶がある程度。
60年安保も70年安保も、
全共闘もよく知らない。
北朝鮮が「地上の楽園」と呼ばれていたことも知らない。
物事が分かり始めたときには、
北朝鮮もソ連も仮想敵国だった。
小学生の時、
UFOに乗った宇宙人が現れ連れ去られるのではと、
布団の中で怯えていたのと同じぐらい、
東側諸国との戦争が怖かった。
なので、
学生運動が盛んだったころの肌感が掴めない。
よく理解できない。
わしはインテリではないので、
マルクスもレーニンも読んでいない。
読んでも理解できないだろう。
学生運動に参加した人が、
みな左傾していたわけではないようだが、
その頃の学生の一部が、
今は政治の実力者。
タイのことを、日本の常識で判断して、
文句を言ってしまうのと同じように、
一度刷り込まれた左傾した思想は、
政権を握った今でも、
脳にしっかりと刻み込まれているに違いない。
それらの先生方は今の北朝鮮を見てどう思っているのだろう。
後継者、金 正恩は、
どんな思想の持ち主なのか。
やはり主体思想に洗脳されているのだろうか。
金一族の壮大な権力を、
維持することが使命だと思っているのだろうか。
まだ若いのだから、
世界の情勢を見極め、
柔軟性のある対応を期待したい。
それにしても、権力には人を狂わす何かがあるのでしょうねえ。
権力に大して興味がないわしは、
金日成、金正日、馬菅、小沢の異常な権力欲に、
恐ろしさを感じる。
北朝鮮では壮絶な権力争いが始まっていると思われるが、
もし、その権力を維持できなくなった時、
「窮鼠猫を噛む」
馬鹿なことをしなければ良いが。。。。
北朝鮮の正式名称。
民主主義なのね。
ふーーーん。
瑞穂ちゃんは護憲で反武装。
人権を尊重し、
他国のいちゃもんにも真摯に対応し、
日本の悪行を詫び、
問題は話し合いで穏便に解決。
国家観も希薄。
みたいな考えだと思うが、
瑞穂ちゃんの党は、
歴史的にみても朝鮮労働党に近い。
しかし、北朝鮮の実態は、
軍事大国。
独裁。
弾圧。
人権侵害。
瀬戸際外交。
金親子はデブで民衆はガリガリ。
共産主義の、
中国も旧ソ連も軍事大国。
ソ連にしても、
中国にしても、
共産革命で多くの血を流した。
日本でも昔、左派のテロやデモで、
様々なきな臭い事件が起きている。
だいたい、マルクス自身が暴力革命の方針を明確にしていたらしい。
瑞穂ちゃんの主張と正反対。
それでも何故、
瑞穂ちゃんは社会主義革命を標榜するのだろう???
自分たちが為政すれば、
健全な社会主義国家ができるとでも思っているのか???
それとも、政権など取れるとは思っていないので、
独善的な理想論を言っているだけなのか。
まあ、社会主義とか共産主義とか左とか言うけれと、
思想はそんなに単純なものではないんでしょうね。
わしは多様性が種の保存にとって最も大切だと思うので、
瑞穂ちゃんみたいな考え方の人がいなくてはならないと思っている。
しか~し、どうも日本の現政権与党に、
その分子がいるのが厄介だ。
事務局は社会党の残滓が多いとも聞く。
こいつらに共通するのは、
どうも、詭弁が多い。
理想と現実の差を埋めるためなのだろう。
わしは、
よど号ハイジャック当時の記憶は全くない。
浅間山山荘事件のことは、
テレビで見た微かな記憶がある程度。
60年安保も70年安保も、
全共闘もよく知らない。
北朝鮮が「地上の楽園」と呼ばれていたことも知らない。
物事が分かり始めたときには、
北朝鮮もソ連も仮想敵国だった。
小学生の時、
UFOに乗った宇宙人が現れ連れ去られるのではと、
布団の中で怯えていたのと同じぐらい、
東側諸国との戦争が怖かった。
なので、
学生運動が盛んだったころの肌感が掴めない。
よく理解できない。
わしはインテリではないので、
マルクスもレーニンも読んでいない。
読んでも理解できないだろう。
学生運動に参加した人が、
みな左傾していたわけではないようだが、
その頃の学生の一部が、
今は政治の実力者。
タイのことを、日本の常識で判断して、
文句を言ってしまうのと同じように、
一度刷り込まれた左傾した思想は、
政権を握った今でも、
脳にしっかりと刻み込まれているに違いない。
それらの先生方は今の北朝鮮を見てどう思っているのだろう。
後継者、金 正恩は、
どんな思想の持ち主なのか。
やはり主体思想に洗脳されているのだろうか。
金一族の壮大な権力を、
維持することが使命だと思っているのだろうか。
まだ若いのだから、
世界の情勢を見極め、
柔軟性のある対応を期待したい。
それにしても、権力には人を狂わす何かがあるのでしょうねえ。
権力に大して興味がないわしは、
金日成、金正日、馬菅、小沢の異常な権力欲に、
恐ろしさを感じる。
北朝鮮では壮絶な権力争いが始まっていると思われるが、
もし、その権力を維持できなくなった時、
「窮鼠猫を噛む」
馬鹿なことをしなければ良いが。。。。
2011年12月21日
金体制崩壊
バンコク⇔平壌
週一便、高麗航空が運行しているらしい。
タイと北朝鮮は国交があることは知っていたが、
直行便もあったんですね。
値段が知りたいと思い、
今、少し調べたが出てこない。
一般的な日本人では、
恐らく自由旅行は無理だろう。
添乗員という監視官が付いてなら、
旅行は可能のようだが。。。。
悪名高き北朝鮮。
どんな所なのか一度は行ってみたい気がする。
あんな国のことだから
どこまで本当のことか分からないが、
少し調べると、
信じられないことがあるわあるわ。
1995年以降で餓死者が何と数百万人。
今では優遇されているはずの軍人にも、
餓死者が出ているという話も。。。。
軍隊は100万人を超え、
世界で5番目に大きい。
選挙では、
公認候補しか立候補できず、
選挙区に立候補者1名。
その人に反対票を投じると、
重い尋問を受ける。
なので投票率99.9%、賛成100%
ネットもラジオもテレビも厳しく規制され、
報道、言論、信仰の自由もない。
金親子は偉大だと、
いくら洗脳していても、
こんな状態で本当に統治出来ていたのだろうか。
命の危険を冒して脱北する人が絶えないところを見ると、
やはり内情は無茶苦茶なのだろう。
金正日が死んで一番喜んでいるのは、
北朝鮮の一般庶民ではなかろうか。
後継者とされる金正恩は、
スイスに留学経験があり、
母親は11歳まで大阪に住んでいた在日朝鮮人という話。
西側諸国の状況についても、
良く知っていると思われる。
この20歳台の若造に指導力を発揮できるとは思えないが、
北朝鮮の状態がいかに異常であるかぐらいは、
分かっているだろう。
長く今の体制を保つことが出来ないのは、
分かりきっている。
ならば今が最大のチャンス。
陰謀論が好きな人なら、
金正日の死は、
小浜に依頼されたデューク東郷の仕業だと思っているだろう。
CIAが送り込んだエージェントが、
軍部や労働党に潜り込み、
クーデターを誘発。
混乱している隙に、
国民が立ち上がり、
反体制で抗議。
何かの名目を付け、
韓国軍が38度線を越え、
平壌を制圧。
金体制崩壊。
南北統一。
一件落着。
パチパチパチ・・・・・・
でもないわな~。あの北朝鮮を抱えたら韓国はもたん。
韓国と接することになる中国の反発も大変なものやろね。
拉致された方々。
分断されている家族。
そして、飢餓に苦しむ庶民。
独裁者の犠牲は余りにも大きい。
やはり、どげんかせんとあかん。
我々日本人は隣国で起きている、
状況をもっと知るべきだろう。
そして、日本はアメリカに任せるだけでなく、
主体的に関与する必要があるのではなかろうか。
現政権が、もしアホウ内閣だったら、
内閣機密費でデューク東郷に依頼していただろうにな~。。。。
週一便、高麗航空が運行しているらしい。
タイと北朝鮮は国交があることは知っていたが、
直行便もあったんですね。
値段が知りたいと思い、
今、少し調べたが出てこない。
一般的な日本人では、
恐らく自由旅行は無理だろう。
添乗員という監視官が付いてなら、
旅行は可能のようだが。。。。
悪名高き北朝鮮。
どんな所なのか一度は行ってみたい気がする。
あんな国のことだから
どこまで本当のことか分からないが、
少し調べると、
信じられないことがあるわあるわ。
1995年以降で餓死者が何と数百万人。
今では優遇されているはずの軍人にも、
餓死者が出ているという話も。。。。
軍隊は100万人を超え、
世界で5番目に大きい。
選挙では、
公認候補しか立候補できず、
選挙区に立候補者1名。
その人に反対票を投じると、
重い尋問を受ける。
なので投票率99.9%、賛成100%
ネットもラジオもテレビも厳しく規制され、
報道、言論、信仰の自由もない。
金親子は偉大だと、
いくら洗脳していても、
こんな状態で本当に統治出来ていたのだろうか。
命の危険を冒して脱北する人が絶えないところを見ると、
やはり内情は無茶苦茶なのだろう。
金正日が死んで一番喜んでいるのは、
北朝鮮の一般庶民ではなかろうか。
後継者とされる金正恩は、
スイスに留学経験があり、
母親は11歳まで大阪に住んでいた在日朝鮮人という話。
西側諸国の状況についても、
良く知っていると思われる。
この20歳台の若造に指導力を発揮できるとは思えないが、
北朝鮮の状態がいかに異常であるかぐらいは、
分かっているだろう。
長く今の体制を保つことが出来ないのは、
分かりきっている。
ならば今が最大のチャンス。
陰謀論が好きな人なら、
金正日の死は、
小浜に依頼されたデューク東郷の仕業だと思っているだろう。
CIAが送り込んだエージェントが、
軍部や労働党に潜り込み、
クーデターを誘発。
混乱している隙に、
国民が立ち上がり、
反体制で抗議。
何かの名目を付け、
韓国軍が38度線を越え、
平壌を制圧。
金体制崩壊。
南北統一。
一件落着。
パチパチパチ・・・・・・
でもないわな~。あの北朝鮮を抱えたら韓国はもたん。
韓国と接することになる中国の反発も大変なものやろね。
拉致された方々。
分断されている家族。
そして、飢餓に苦しむ庶民。
独裁者の犠牲は余りにも大きい。
やはり、どげんかせんとあかん。
我々日本人は隣国で起きている、
状況をもっと知るべきだろう。
そして、日本はアメリカに任せるだけでなく、
主体的に関与する必要があるのではなかろうか。
現政権が、もしアホウ内閣だったら、
内閣機密費でデューク東郷に依頼していただろうにな~。。。。
2011年12月19日
金正日死去。
年の暮れに、
またまたびっくりするニュースが。。。。
今年は、色々起こりますね。
後任には、
三男坊の正恩になるとか。
まだ28歳。
世襲が3代も続くとは、
やはり異常。
北朝鮮は粛清政治を引き、
経済はガタガタ。
飢饉になれば餓死者多数。
世界から孤立している。
金日成とは違い、
金正日に対しては、
長年の恨みで、
裏では不満分子が多いのではないだろうか。
そんな中、
若造が最高権力者。
権力には、
闘争が付き物。
何か起こらなければ良いが。。。。
もしもの時、
今の日本政府では心許ない。
自国民を救助する目的でも、
北朝鮮にはおろか、
韓国にも自衛隊を派遣することが出来ないのでは無いだろうか。
偉そうに言っていても、
イザとなったら米兵におんぶに抱っこだと、
情けない。
北国の春。
国民が立ち上がり、
独裁体制を倒し、
民主化を果たす良い機会だと思うが、
そんな力もないのだろうか。。。
無口な親父と兄貴がふたり、
たまには酒でも飲んで、
一揆の話をしているだろか~~
あの故郷に自由に帰りたい人は多い。
またまたびっくりするニュースが。。。。
今年は、色々起こりますね。
後任には、
三男坊の正恩になるとか。
まだ28歳。
世襲が3代も続くとは、
やはり異常。
北朝鮮は粛清政治を引き、
経済はガタガタ。
飢饉になれば餓死者多数。
世界から孤立している。
金日成とは違い、
金正日に対しては、
長年の恨みで、
裏では不満分子が多いのではないだろうか。
そんな中、
若造が最高権力者。
権力には、
闘争が付き物。
何か起こらなければ良いが。。。。
もしもの時、
今の日本政府では心許ない。
自国民を救助する目的でも、
北朝鮮にはおろか、
韓国にも自衛隊を派遣することが出来ないのでは無いだろうか。
偉そうに言っていても、
イザとなったら米兵におんぶに抱っこだと、
情けない。
北国の春。
国民が立ち上がり、
独裁体制を倒し、
民主化を果たす良い機会だと思うが、
そんな力もないのだろうか。。。
無口な親父と兄貴がふたり、
たまには酒でも飲んで、
一揆の話をしているだろか~~
あの故郷に自由に帰りたい人は多い。
2011年12月19日
情報
【冷温停止状態】
原発事故が節目を迎えたと、
どじょう総理が宣言したようですね。
まずは一安心して良いのかな。
恐らく、最悪の事態は無くなったのだろう。
今回の事故が最悪の事態のような気もするが。。。。
今回の発表に対し、
批判が多いようでんな。
まあ、誰も政府を信用できないのも仕方ないし、
マスコミは権力を監視することが、
役割の一つだろうから、
厳しい目で批評するのも、
当り前だろう。
しかし、
格納容器の中が確認できないから、
メルトダウンしていたことの発表が遅れると、
批判され、
冷温停止したと発表すれば、
中を確認できない状況で、
何故そんなことが言えるのかと、
批判される。
大変でんな。
わしは、
政府は確かなことしか発表できないという理屈も、
仕方ないと思う。
責任のないマスコミやコメンテーターとは違う。
実務を取り仕切る政治家や官僚が、
無責任な観測論を言うことは、
やはり、避けるべきだ。
細野豪志大臣が、
「テレビで水素爆発の映像を見るまで、
何が起こっているか把握できなかった」
とテレビで答えていたが、
恐らく、官邸に入る情報も錯乱し、
状況把握もできない状態だったのだろう。
映画みたいに、
正確な情報が次々と入り、
リーダーがテキパキと指示する、
そんな状況とは程遠かったのではないだろうか。
世界の危機に立ち向かっているアメリカとは違い、
危機管理能力が衰退しているのは、
日本国全体の問題だ。
様々な意見や、
様々な立場がある。
それに、意思決定が困難な制度がある。
そして、その時に、
危機意識も指導、統率する力量もない無能なリーダーを、
戴いていたのも、
我が国の不幸である。
パニックになった馬菅がうろたえている姿が目に浮かぶ。
パニックを恐れて、
情報をコントロールするということも、
選択肢の一つだとも思う。
あの時、実際にスピーディーの予測を発表していたら、
どうだったのだろうと考えることがある。
今まで経験のない、
大規模で早急な避難になる。
お年寄りや病人の避難。
移動手段のない方々の避難。
多大な避難者の受け入れ先。
混乱を極めたに違いない。
交通事故や、
重篤者の搬送で、
恐らく犠牲者が出ていただろう。
政府がそれを恐れても仕方ないと思う。
原発事故に関しての政府の対応は、
歴史が評価するだろう。
馬菅は歴史に名を残すことは間違いない。
それにしても、情報は隠さず発表しなければならないと、
わしは思う。
今は情報を隠し通すことが困難だ。
コントロール不能な時代なのだと思う。
どじょう総理が泥に隠れ、
余計な情報を発信しようとしないのは、
そのことが分かっているからだろう。
今回の宣言に嘘はないことを信じたい。
原発事故が節目を迎えたと、
どじょう総理が宣言したようですね。
まずは一安心して良いのかな。
恐らく、最悪の事態は無くなったのだろう。
今回の事故が最悪の事態のような気もするが。。。。
今回の発表に対し、
批判が多いようでんな。
まあ、誰も政府を信用できないのも仕方ないし、
マスコミは権力を監視することが、
役割の一つだろうから、
厳しい目で批評するのも、
当り前だろう。
しかし、
格納容器の中が確認できないから、
メルトダウンしていたことの発表が遅れると、
批判され、
冷温停止したと発表すれば、
中を確認できない状況で、
何故そんなことが言えるのかと、
批判される。
大変でんな。
わしは、
政府は確かなことしか発表できないという理屈も、
仕方ないと思う。
責任のないマスコミやコメンテーターとは違う。
実務を取り仕切る政治家や官僚が、
無責任な観測論を言うことは、
やはり、避けるべきだ。
細野豪志大臣が、
「テレビで水素爆発の映像を見るまで、
何が起こっているか把握できなかった」
とテレビで答えていたが、
恐らく、官邸に入る情報も錯乱し、
状況把握もできない状態だったのだろう。
映画みたいに、
正確な情報が次々と入り、
リーダーがテキパキと指示する、
そんな状況とは程遠かったのではないだろうか。
世界の危機に立ち向かっているアメリカとは違い、
危機管理能力が衰退しているのは、
日本国全体の問題だ。
様々な意見や、
様々な立場がある。
それに、意思決定が困難な制度がある。
そして、その時に、
危機意識も指導、統率する力量もない無能なリーダーを、
戴いていたのも、
我が国の不幸である。
パニックになった馬菅がうろたえている姿が目に浮かぶ。
パニックを恐れて、
情報をコントロールするということも、
選択肢の一つだとも思う。
あの時、実際にスピーディーの予測を発表していたら、
どうだったのだろうと考えることがある。
今まで経験のない、
大規模で早急な避難になる。
お年寄りや病人の避難。
移動手段のない方々の避難。
多大な避難者の受け入れ先。
混乱を極めたに違いない。
交通事故や、
重篤者の搬送で、
恐らく犠牲者が出ていただろう。
政府がそれを恐れても仕方ないと思う。
原発事故に関しての政府の対応は、
歴史が評価するだろう。
馬菅は歴史に名を残すことは間違いない。
それにしても、情報は隠さず発表しなければならないと、
わしは思う。
今は情報を隠し通すことが困難だ。
コントロール不能な時代なのだと思う。
どじょう総理が泥に隠れ、
余計な情報を発信しようとしないのは、
そのことが分かっているからだろう。
今回の宣言に嘘はないことを信じたい。
2011年11月27日
洪水
ガイヤの夜明けを見た。
http://varadoga.blog136.fc2.com/blog-entry-8380.html
イサーンに住んでいたら実感しない、
洪水の現状が映像に映し出されていた。
わしが思っていたより、
現場は酷い。
でも、今まで書いてきたが、
タイの洪水はある程度想定できるのだと思う。
水は低いところへ流れる。
誰もが分かる原理。
徐々に溢れた水がどこへ行くか??、
自然が相手なので難しい面はあるとは思うが、
そんなに予想は難しくないと思う。
テレビでは、
翌朝には洪水が来るとの予測で、
トレーナーやトラックを段取りして金型などを移送したが、
実際には浸水しなかった日本企業の苦悩を放映していた。
その損失は大変なものだろう。
東日本大震災もそうだが、
過去の例を尊重すれば、
人が安全に住めるところは限られているのだと思う。
しかし、産業革命以降、人口は爆発的に増え、
人間は本来住むべきはないところへ、
不完全だが想定内の人工的な対策をして、
住み出した面があるのだろう。
今、脱原発を代表される議論に、
増え過ぎた人口への考慮がない場合が多いように思う。
今の人口を養うには、
高効率なエネルギー源が必要なことは明らか。
わしが10年前に行った最貧国のネパールでは、
色々と面白いことがあった。
ヒマヤラ山脈が望めるポカラに行き、
目的もなく歩いていると、
川では洗濯、
山で芝刈りという、
物語の世界に出くわしたものだ。
芝刈りにきたおねーちゃんの手伝いをしたが、
そのおねーちゃんが綺麗で、
付いて行きたくなった思い出がある。
日本では薪でエネルギーを得るということは、
まず効率的でない。
もしそんなことをすれば森林は無くなってしまうに違いない。
逆に地球に厳しい。
村で遊ぶ子供の写真を撮り、
翌日現像をして持って行くと、
その家族にインサントラーメンを振舞われた記憶が、
今でも忘れられない。
わしは日本は現在とは違う、
新しい価値観を標榜すべきたど思っている。
アメリカ型資本主義が第一だとは思っていない。
それにはタイを初めとする東南アジアの生き方が、
参考になるのではないかと思っている。
戦後、アメリカに追い越せ追いつけと、
我武者羅になった日本社会は、
アメリカの価値観が植えつけられている。
その転換はなかなか難しい。
様々な世界に飛び出し、
様々な価値感を体感し、
様々な常識に触れることは、
日本人の常識を破ることになるだろう。
日本人には類まれななる、
対応力でがある。
人を思いやる優しい気持ちがある。
日本の長い長い文化を尊重しながらも、
世界で通用する貿易は必ずあると思う。
先日、
洪水の被害に合いながら、
笑って過ごしているタイ人に、
世界が驚愕している。。。。。
ニコ動で青山繁晴氏が言っていた。
思わず笑ってしまった。
それは必ずしも正しいとは思えないが、
この逆境へ対するタイ人の楽観的な態度は見習うべきだと思う。
日本は真面目過ぎる。
マンペンライ。
良い言葉だ。。。。。。
http://varadoga.blog136.fc2.com/blog-entry-8380.html
イサーンに住んでいたら実感しない、
洪水の現状が映像に映し出されていた。
わしが思っていたより、
現場は酷い。
でも、今まで書いてきたが、
タイの洪水はある程度想定できるのだと思う。
水は低いところへ流れる。
誰もが分かる原理。
徐々に溢れた水がどこへ行くか??、
自然が相手なので難しい面はあるとは思うが、
そんなに予想は難しくないと思う。
テレビでは、
翌朝には洪水が来るとの予測で、
トレーナーやトラックを段取りして金型などを移送したが、
実際には浸水しなかった日本企業の苦悩を放映していた。
その損失は大変なものだろう。
東日本大震災もそうだが、
過去の例を尊重すれば、
人が安全に住めるところは限られているのだと思う。
しかし、産業革命以降、人口は爆発的に増え、
人間は本来住むべきはないところへ、
不完全だが想定内の人工的な対策をして、
住み出した面があるのだろう。
今、脱原発を代表される議論に、
増え過ぎた人口への考慮がない場合が多いように思う。
今の人口を養うには、
高効率なエネルギー源が必要なことは明らか。
わしが10年前に行った最貧国のネパールでは、
色々と面白いことがあった。
ヒマヤラ山脈が望めるポカラに行き、
目的もなく歩いていると、
川では洗濯、
山で芝刈りという、
物語の世界に出くわしたものだ。
芝刈りにきたおねーちゃんの手伝いをしたが、
そのおねーちゃんが綺麗で、
付いて行きたくなった思い出がある。
日本では薪でエネルギーを得るということは、
まず効率的でない。
もしそんなことをすれば森林は無くなってしまうに違いない。
逆に地球に厳しい。
村で遊ぶ子供の写真を撮り、
翌日現像をして持って行くと、
その家族にインサントラーメンを振舞われた記憶が、
今でも忘れられない。
わしは日本は現在とは違う、
新しい価値観を標榜すべきたど思っている。
アメリカ型資本主義が第一だとは思っていない。
それにはタイを初めとする東南アジアの生き方が、
参考になるのではないかと思っている。
戦後、アメリカに追い越せ追いつけと、
我武者羅になった日本社会は、
アメリカの価値観が植えつけられている。
その転換はなかなか難しい。
様々な世界に飛び出し、
様々な価値感を体感し、
様々な常識に触れることは、
日本人の常識を破ることになるだろう。
日本人には類まれななる、
対応力でがある。
人を思いやる優しい気持ちがある。
日本の長い長い文化を尊重しながらも、
世界で通用する貿易は必ずあると思う。
先日、
洪水の被害に合いながら、
笑って過ごしているタイ人に、
世界が驚愕している。。。。。
ニコ動で青山繁晴氏が言っていた。
思わず笑ってしまった。
それは必ずしも正しいとは思えないが、
この逆境へ対するタイ人の楽観的な態度は見習うべきだと思う。
日本は真面目過ぎる。
マンペンライ。
良い言葉だ。。。。。。
2011年11月26日
盗難
大使館を出たところで、
「フジテレビですが、よろしいですか」
不意を付かれ、
インタビューに答えることに。
「何の用事で来られたのですか?」
「パスポートの申請に来ました」
「それは洪水で無くされたのですか?」
「全く関係ありません」
「洪水が迫って来ているのはご存知ですか?」
「今朝、夜行バスでイサーンから来ました、
普段は6時間半ぐらいですが、
10時間ぐらい掛かりました。
普段と違う道を通っていましたが、
それでも道は川の様でしたよ」
日本のテレビ局が取材しているぐらい、
洪水の真っ只中の11月始めにバンコクへ出た。
何故なら、
パスポートを含む財布を引ったくられたから。
10月初旬のこと。
昼間から酒を飲み続け、
泥酔した夜半、
歩道の植え込みに腰掛けた。
余程、酔っ払いだったのだろう。
おばさんが近づいて来たと思ったら、
先ほど金を支払い、
膝の上に置いていた財布を、
引ったくって行った。
にわかには何が何やら分からなかったが、
血の気が引き、
すぐに追いかける。
しかし、無駄、
誰もわしを相手にしない。
近くに交通整理をする警官がいたので、
「今、泥棒に合った」と訴えるが、
何食わぬ顔で、
「警察署に行きなさい」だけ。
わしは盗難防止というより、
酔っ払っての紛失防止のために、
財布はズボンと紐で結んでいる。
しかし、その時はベルトループが千切れてしまった。
はあ。。。。。
財布の中身は、
パスポート、キャッシュカード、現金。
痛い、余りにもアホ。
ポケットに700Bぐらいあったのがせめてもの救い。
さてどうしよう。。。。。
酔っ払った頭では、
妙案は浮かばない。
歩道に出ている屋台で、
麦酒を注文。
気持ちを落ち着かせる。
ホテルに泊まるお金はない。
そこで、うとうとしながら、
夜明けを待つ。
そして、ポリボックスに行くと、
ルンピニー警察署まで行けとの事。
近くのバイクタクシーで向かう。
警察署では、
盗難証明書を発行してもらわなければならない。
犯人を逮捕しようとは微塵も感じられない態度で対応してくれる。
日本領事館は歩いてすぐ。
係員に説明すると、
これも慣れた様子で、
「タイに滞在しているのなら、新規発行して下さい。それには戸籍抄本が必要です」
日本から送ってもらうしかない。
仕方なく、
そのままバスターミナルへ行き、
帰宅。
残り銭はほとんどゼロ。
実家に連絡して、
戸籍抄本と再発行されたキャッシュカードを郵送してもらうように手配。
キャッシュカードの再発行は手間がかかる。
結局、郵送されてきた10月下旬まで、
霞を食べ生き延び、
11月初めに再度上京。
その時は丁度、
ついにバンコクまで浸水した折。
どうなるかと思ったが、
まあ、バスは何とか到着し、
都心まで行くも、
洪水の影響はほとんどない。
困ったのは、
飲料水を確保するのが難しいのと、
コンビニの品数が少ないのと、
観光客が減って、
おねーちゃんにもててもてて思わず散財してしまうぐらい。
パスポートの申請に行くと、
面談室に通され、
事情説明。
「本来なら4日後ですが、
特別に当日発行しましょう」と、
もったいぶって言われる。
もちろん、
「ありがとうございます。助かります。
よろしくお願いします」と低姿勢で対応する。
その後、昼間から麦酒を飲み、
宿を取ったら、
夜行バスの疲れもあり、
思わず夢の中。
起きたら受け取り時間は過ぎていた。
翌日受け取りに行くと、
嫌味を言われたが、
何とかパスポート受理。
5800バーツもする。
盗まれたパスポートは2017年まで有効だったが、
まあ、ページの残りが4割ぐらいだったので、
しゃあないな~、と自分を慰める
わしはO-ビザでタイに滞在している。
新しいパスポートには、
もちろんその記載はない。
タイの入管まで行き、
転載しなければならないらしい。
しかし、近ころ転居した入管は浸水して、
11月から昔の建物で手続きを行っているとのこと。
その日は所要があり、
翌日、入管へ向かう。
着くと人が溢れている。
仮の受付で、
領事館から発行してもらった書類や、
申請書を提出する。
するとおねーちゃんがパソコンのところまで行き、
何か調べている。
しばらくして持って来たのは、
プリントアウトした、
わしの写真が載った、
入国情報。
おおおおお~。
やるの~。
係員のオヤジは、
これらの書類を持って、
出国しなさいと言う。
ビザの期限は後数日。
領事館から貰った案内には、
ここでパスポートへ転載してもらうよう書いてある。
しかし、何もしない。
余りにも混雑しているせいか。。。。
不安に思いながら、
気が弱いくせに、
自尊心の強いわしは、
分かったふりをして退出。
それから、ラオスに出国するまで、
ドキドキ。
数日後、コンケン→ラオスの国際バスに搭乗。
その日がビザの最終日。
通常、バスは入管で手続きを終えるまで、
待っていてくれ、
そのバスでラオスまで行く。
恐ろる恐ろる書類とパスポートを差し出す。
すると、「あの建物に行け」と言われる。
行ったところでは、
お偉いさんが暇そうにしている。
事情を説明すると、
何か面倒臭そうに、
手続きを始める。
ほっと一安心。
どうにか出国できそう。
でも後、どのくらい時間がかかるのだろう。
バスは。。。。。
外を覗くと、
車掌がわしを探しに来たのか。
こちらを見ている。
「わしは駄目、先に行ってちょ」
とジェスチャーで伝える。
はあ、これでビエンチャンまで出るのに、
またお金が掛かる。
自業自得。仕方ない。
翌日、ラオスのタイ大使館へ行き、
新しくO-ビザを取得。
これで、何とかタイに滞在できる。
しかし、何だかタイも飽きて来た。
嫌なことが重なっている。
やはり緊張感がなくなったのであろう。
酒での失敗が相次いでいる。
もちろん刺激が薄らいでいる。
東南アジアに初めて来た頃の、
楽しさは今はない。
盗難のアジはトムヤムクンより辛く酸っぱい。。。。。。
「フジテレビですが、よろしいですか」
不意を付かれ、
インタビューに答えることに。
「何の用事で来られたのですか?」
「パスポートの申請に来ました」
「それは洪水で無くされたのですか?」
「全く関係ありません」
「洪水が迫って来ているのはご存知ですか?」
「今朝、夜行バスでイサーンから来ました、
普段は6時間半ぐらいですが、
10時間ぐらい掛かりました。
普段と違う道を通っていましたが、
それでも道は川の様でしたよ」
日本のテレビ局が取材しているぐらい、
洪水の真っ只中の11月始めにバンコクへ出た。
何故なら、
パスポートを含む財布を引ったくられたから。
10月初旬のこと。
昼間から酒を飲み続け、
泥酔した夜半、
歩道の植え込みに腰掛けた。
余程、酔っ払いだったのだろう。
おばさんが近づいて来たと思ったら、
先ほど金を支払い、
膝の上に置いていた財布を、
引ったくって行った。
にわかには何が何やら分からなかったが、
血の気が引き、
すぐに追いかける。
しかし、無駄、
誰もわしを相手にしない。
近くに交通整理をする警官がいたので、
「今、泥棒に合った」と訴えるが、
何食わぬ顔で、
「警察署に行きなさい」だけ。
わしは盗難防止というより、
酔っ払っての紛失防止のために、
財布はズボンと紐で結んでいる。
しかし、その時はベルトループが千切れてしまった。
はあ。。。。。
財布の中身は、
パスポート、キャッシュカード、現金。
痛い、余りにもアホ。
ポケットに700Bぐらいあったのがせめてもの救い。
さてどうしよう。。。。。
酔っ払った頭では、
妙案は浮かばない。
歩道に出ている屋台で、
麦酒を注文。
気持ちを落ち着かせる。
ホテルに泊まるお金はない。
そこで、うとうとしながら、
夜明けを待つ。
そして、ポリボックスに行くと、
ルンピニー警察署まで行けとの事。
近くのバイクタクシーで向かう。
警察署では、
盗難証明書を発行してもらわなければならない。
犯人を逮捕しようとは微塵も感じられない態度で対応してくれる。
日本領事館は歩いてすぐ。
係員に説明すると、
これも慣れた様子で、
「タイに滞在しているのなら、新規発行して下さい。それには戸籍抄本が必要です」
日本から送ってもらうしかない。
仕方なく、
そのままバスターミナルへ行き、
帰宅。
残り銭はほとんどゼロ。
実家に連絡して、
戸籍抄本と再発行されたキャッシュカードを郵送してもらうように手配。
キャッシュカードの再発行は手間がかかる。
結局、郵送されてきた10月下旬まで、
霞を食べ生き延び、
11月初めに再度上京。
その時は丁度、
ついにバンコクまで浸水した折。
どうなるかと思ったが、
まあ、バスは何とか到着し、
都心まで行くも、
洪水の影響はほとんどない。
困ったのは、
飲料水を確保するのが難しいのと、
コンビニの品数が少ないのと、
観光客が減って、
おねーちゃんにもててもてて思わず散財してしまうぐらい。
パスポートの申請に行くと、
面談室に通され、
事情説明。
「本来なら4日後ですが、
特別に当日発行しましょう」と、
もったいぶって言われる。
もちろん、
「ありがとうございます。助かります。
よろしくお願いします」と低姿勢で対応する。
その後、昼間から麦酒を飲み、
宿を取ったら、
夜行バスの疲れもあり、
思わず夢の中。
起きたら受け取り時間は過ぎていた。
翌日受け取りに行くと、
嫌味を言われたが、
何とかパスポート受理。
5800バーツもする。
盗まれたパスポートは2017年まで有効だったが、
まあ、ページの残りが4割ぐらいだったので、
しゃあないな~、と自分を慰める
わしはO-ビザでタイに滞在している。
新しいパスポートには、
もちろんその記載はない。
タイの入管まで行き、
転載しなければならないらしい。
しかし、近ころ転居した入管は浸水して、
11月から昔の建物で手続きを行っているとのこと。
その日は所要があり、
翌日、入管へ向かう。
着くと人が溢れている。
仮の受付で、
領事館から発行してもらった書類や、
申請書を提出する。
するとおねーちゃんがパソコンのところまで行き、
何か調べている。
しばらくして持って来たのは、
プリントアウトした、
わしの写真が載った、
入国情報。
おおおおお~。
やるの~。
係員のオヤジは、
これらの書類を持って、
出国しなさいと言う。
ビザの期限は後数日。
領事館から貰った案内には、
ここでパスポートへ転載してもらうよう書いてある。
しかし、何もしない。
余りにも混雑しているせいか。。。。
不安に思いながら、
気が弱いくせに、
自尊心の強いわしは、
分かったふりをして退出。
それから、ラオスに出国するまで、
ドキドキ。
数日後、コンケン→ラオスの国際バスに搭乗。
その日がビザの最終日。
通常、バスは入管で手続きを終えるまで、
待っていてくれ、
そのバスでラオスまで行く。
恐ろる恐ろる書類とパスポートを差し出す。
すると、「あの建物に行け」と言われる。
行ったところでは、
お偉いさんが暇そうにしている。
事情を説明すると、
何か面倒臭そうに、
手続きを始める。
ほっと一安心。
どうにか出国できそう。
でも後、どのくらい時間がかかるのだろう。
バスは。。。。。
外を覗くと、
車掌がわしを探しに来たのか。
こちらを見ている。
「わしは駄目、先に行ってちょ」
とジェスチャーで伝える。
はあ、これでビエンチャンまで出るのに、
またお金が掛かる。
自業自得。仕方ない。
翌日、ラオスのタイ大使館へ行き、
新しくO-ビザを取得。
これで、何とかタイに滞在できる。
しかし、何だかタイも飽きて来た。
嫌なことが重なっている。
やはり緊張感がなくなったのであろう。
酒での失敗が相次いでいる。
もちろん刺激が薄らいでいる。
東南アジアに初めて来た頃の、
楽しさは今はない。
盗難のアジはトムヤムクンより辛く酸っぱい。。。。。。
2011年11月22日
酒
当ブログを読んで頂いている奇特な方は、
わしのことを大酒飲みと思われているかもしれないが、
それは少し違う。
他人さまも読んで頂くブログなので、
少しでも楽しんで貰いたいという、
スケベ心もあり、
嘘ではないが、
自分なりに面白おかしく書いている面がある。
実際には、
小心者なので、
飲んで心を休めている面が大きい。
だから、平常心のときは飲まない。
旅先とか知人友人と会ったときとか、
今日みたいに特に寂しいときしか、
酒に手を出さない。
もちろん健康に気を使っている面もある。
そんなわしだが、
酒に対する思い入れは強い。
それは、やはり酒を飲み始めた原体験によるものが大きいと思う。
わしは高校時代から冷めた面があった。
今一つ情熱を持って熱中した記憶がない。
手前味噌だが、
わしは器用だ。
何をしても人並みにはこなせるようになる。
だが、それより深く熟練の域に達することがない。
いわゆる器用貧乏なのだと思う。
だから、スポーツでも勉学でも仕事でも中途半端、
なので大学進学も九州で一番中途半端なある大学に通った。
その大学には、
寮でもアパートでもない、
指定寮という制度があり、
家賃もまあ安いということでそこに住むことになった。
指定寮とは、
民間が経営する下宿やアパートなのだが、
大学が入居を斡旋する制度で、
学生は入居を希望すると、
どの指定寮に入れるかは分からない。
引っ越してどんな所か初めて分かる、
そんな中途半端な感じだった。
わしが入った寮は、
指定寮の中では恵まれていた。
6畳一間に流しと押入れが付いていたからだ。
もちろん共同トイレ、共同風呂だったが。。。。
酷いところでは、
一部屋2畳ぐらいの指定寮もあった。
確か栄光寮。
今から考えると人が住むような所ではない。
入居と入学式は親が一緒だったと記憶している。
その親が帰ったときに、
寮の先輩から声が掛かる。
1歳2歳の年の差は今では全く違いはないが、
18歳のときは違う。
法学部の村上さんという一学年上だが
3歳年上の怖い人が部屋に来て、
近くの飲み屋に連れ出された。
その年の新入寮者は多く、
確か定員20名なのに7人。
その全員がその時にいたかどうかは記憶にないが、
連れて行かれたのは、
寮の先輩がバイトをしている飲み屋。
棚に並んでいるのは白波のみ。
カウンターだけの小ぢんまりとした店。
メニューもほとんどない。
そこで、
最初に挨拶に行くのは、
もちろん上級生から。
挨拶に行くと、
コップ並々に白波を注がれる。
それ~イッキ、イッキよいよいよい♪♪♪♪
という乗りが良い合いの手、、、
がある訳ではなく、
「いただきます」
という一声を言ってイッキ。
飲み慣れてない若人にはキツイ。
先輩から「店中で吐くな、外へ行け」
と厳命。
隣の空き地まで走る。
それを先輩の数だけ繰り返す。
キツイ。
学問は中途半端な大学だったが、
酒に関しては、
有数の硬派だったのでないだろうか。
そんな伝統がわしが大学生だった頃にはまだ残っていた。
だから、わしは身体的には酒が強い方だとは思わないが、
男なら酒を飲まなければならない!!という、
今なら時代錯誤の意識が刷り込まれてしまった。
やがて中堅な規模の土建屋に就職したが、
大学時代の経験は生かされた。
今では考えられないのかもしれないが、
その頃は就業時間が終わるとすぐに、
どこからか声が掛かり、
小銭が集められ、
酒を買いに行かされる。
わし以外の同僚は大阪の大学出で、
何故かまじめだったので、
自然とわしの役目になる。
仕方ないので、
仕事を中断し酒の買出し。
もちろん、付き合う。
それで、随分と可愛がってもたった。
わしは集団行動が苦手だと自覚している。
人に合わせるのが嫌なのだ。
でも酒のお陰で何となくうまく行ったように思う。
その反面、酒の失敗は事欠かない。
色々馬鹿をやった。
それで、出世できない面もあったように思うが、
今でも日本に帰ると、
かつての会社の人が、
心暖かく迎えてくれる。
一緒に飲みに行っても、
何故か「お前に出させる訳にはいかん」と言って、
奢ってくれる。
タイのことをどう思っているのだろう。
中には折角日本に来ているのだから、
「これで遊びに行け」と援助までしてくれる。
情けない面もあるが、
涙が出る位、
良い会社に居たものだと感動する。
そんなわしだから、
今で酒は好きだ。
しかし昨今、酒を飲みて過ぎての失敗が多い。
それを歳を取ったせいだとは思わないが、
精神的な問題なのかもしれない。
兎に角、翌日記憶にない場合が多い。
先日も目覚めたら店のベンチ。
タイは熱帯なので、
凍え死ぬことはないが、
いかにも無用心。
わしは、
宿を予約して旅をすることは少ない。
最小限の荷物にして、
飲み歩き、
呑み疲れたところで宿を取る、
そんな旅が好きだった。
緊張感がる時はそれで良かったが、
今は宿を取る前に潰れてしまう。
気が付くと、
変なオヤジに起こされている。
本当に馬鹿だ。
野外で寝ていて、
蚊に食われ、
寝るに寝れず、
バスターミナルまで行ったことが、
何度もある。
先日、バンコクに行った時は、
泥酔して歩道に腰掛け、
ぼーっとしている間に、
引ったくりに会ってしまった。
それで、結構大変な目に。。。。
やっとそのことも落ちつたので、
気が向いたら、
その顛末も書きたいと思う。
今、わしはタイに永住したいわけでもなく、
日本へ帰りたいわけでもない、
中途半端な身。
わしらしい!!
今日は、
先日ラオスから買って来た、
一本100円もしない焼酎を飲み、
中途半端に良い気分。
オヤジらしく、
昔を振り返ってみた。
まったく今の若い者は。。。。。。
わしのことを大酒飲みと思われているかもしれないが、
それは少し違う。
他人さまも読んで頂くブログなので、
少しでも楽しんで貰いたいという、
スケベ心もあり、
嘘ではないが、
自分なりに面白おかしく書いている面がある。
実際には、
小心者なので、
飲んで心を休めている面が大きい。
だから、平常心のときは飲まない。
旅先とか知人友人と会ったときとか、
今日みたいに特に寂しいときしか、
酒に手を出さない。
もちろん健康に気を使っている面もある。
そんなわしだが、
酒に対する思い入れは強い。
それは、やはり酒を飲み始めた原体験によるものが大きいと思う。
わしは高校時代から冷めた面があった。
今一つ情熱を持って熱中した記憶がない。
手前味噌だが、
わしは器用だ。
何をしても人並みにはこなせるようになる。
だが、それより深く熟練の域に達することがない。
いわゆる器用貧乏なのだと思う。
だから、スポーツでも勉学でも仕事でも中途半端、
なので大学進学も九州で一番中途半端なある大学に通った。
その大学には、
寮でもアパートでもない、
指定寮という制度があり、
家賃もまあ安いということでそこに住むことになった。
指定寮とは、
民間が経営する下宿やアパートなのだが、
大学が入居を斡旋する制度で、
学生は入居を希望すると、
どの指定寮に入れるかは分からない。
引っ越してどんな所か初めて分かる、
そんな中途半端な感じだった。
わしが入った寮は、
指定寮の中では恵まれていた。
6畳一間に流しと押入れが付いていたからだ。
もちろん共同トイレ、共同風呂だったが。。。。
酷いところでは、
一部屋2畳ぐらいの指定寮もあった。
確か栄光寮。
今から考えると人が住むような所ではない。
入居と入学式は親が一緒だったと記憶している。
その親が帰ったときに、
寮の先輩から声が掛かる。
1歳2歳の年の差は今では全く違いはないが、
18歳のときは違う。
法学部の村上さんという一学年上だが
3歳年上の怖い人が部屋に来て、
近くの飲み屋に連れ出された。
その年の新入寮者は多く、
確か定員20名なのに7人。
その全員がその時にいたかどうかは記憶にないが、
連れて行かれたのは、
寮の先輩がバイトをしている飲み屋。
棚に並んでいるのは白波のみ。
カウンターだけの小ぢんまりとした店。
メニューもほとんどない。
そこで、
最初に挨拶に行くのは、
もちろん上級生から。
挨拶に行くと、
コップ並々に白波を注がれる。
それ~イッキ、イッキよいよいよい♪♪♪♪
という乗りが良い合いの手、、、
がある訳ではなく、
「いただきます」
という一声を言ってイッキ。
飲み慣れてない若人にはキツイ。
先輩から「店中で吐くな、外へ行け」
と厳命。
隣の空き地まで走る。
それを先輩の数だけ繰り返す。
キツイ。
学問は中途半端な大学だったが、
酒に関しては、
有数の硬派だったのでないだろうか。
そんな伝統がわしが大学生だった頃にはまだ残っていた。
だから、わしは身体的には酒が強い方だとは思わないが、
男なら酒を飲まなければならない!!という、
今なら時代錯誤の意識が刷り込まれてしまった。
やがて中堅な規模の土建屋に就職したが、
大学時代の経験は生かされた。
今では考えられないのかもしれないが、
その頃は就業時間が終わるとすぐに、
どこからか声が掛かり、
小銭が集められ、
酒を買いに行かされる。
わし以外の同僚は大阪の大学出で、
何故かまじめだったので、
自然とわしの役目になる。
仕方ないので、
仕事を中断し酒の買出し。
もちろん、付き合う。
それで、随分と可愛がってもたった。
わしは集団行動が苦手だと自覚している。
人に合わせるのが嫌なのだ。
でも酒のお陰で何となくうまく行ったように思う。
その反面、酒の失敗は事欠かない。
色々馬鹿をやった。
それで、出世できない面もあったように思うが、
今でも日本に帰ると、
かつての会社の人が、
心暖かく迎えてくれる。
一緒に飲みに行っても、
何故か「お前に出させる訳にはいかん」と言って、
奢ってくれる。
タイのことをどう思っているのだろう。
中には折角日本に来ているのだから、
「これで遊びに行け」と援助までしてくれる。
情けない面もあるが、
涙が出る位、
良い会社に居たものだと感動する。
そんなわしだから、
今で酒は好きだ。
しかし昨今、酒を飲みて過ぎての失敗が多い。
それを歳を取ったせいだとは思わないが、
精神的な問題なのかもしれない。
兎に角、翌日記憶にない場合が多い。
先日も目覚めたら店のベンチ。
タイは熱帯なので、
凍え死ぬことはないが、
いかにも無用心。
わしは、
宿を予約して旅をすることは少ない。
最小限の荷物にして、
飲み歩き、
呑み疲れたところで宿を取る、
そんな旅が好きだった。
緊張感がる時はそれで良かったが、
今は宿を取る前に潰れてしまう。
気が付くと、
変なオヤジに起こされている。
本当に馬鹿だ。
野外で寝ていて、
蚊に食われ、
寝るに寝れず、
バスターミナルまで行ったことが、
何度もある。
先日、バンコクに行った時は、
泥酔して歩道に腰掛け、
ぼーっとしている間に、
引ったくりに会ってしまった。
それで、結構大変な目に。。。。
やっとそのことも落ちつたので、
気が向いたら、
その顛末も書きたいと思う。
今、わしはタイに永住したいわけでもなく、
日本へ帰りたいわけでもない、
中途半端な身。
わしらしい!!
今日は、
先日ラオスから買って来た、
一本100円もしない焼酎を飲み、
中途半端に良い気分。
オヤジらしく、
昔を振り返ってみた。
まったく今の若い者は。。。。。。
2011年11月20日
村社会とTTP
自由貿易、国際化、改革。
日本は貿易立国でもあるから、
これらに賛同する日本人は多いと思う。
しかし、それらが自分の身に降りかかって来るかもしれないと分かると、
途端に反対する。
日本ではTPPの話題で盛り上がっているようだが、
今になって反対が多くなっているのは、
総論賛成各論反対、
そんな日本人気質が背景にあるように思う。
日本は村社会だと言われる。
島国の日本は災害大国で、
日本人は農耕民族である。
寒い冬もある。
囲まれた海のお陰で、
外国からある程度守られてきた。
日本人は、
日本風土に根差したコミュニティーを創り上げてきた。
風土が日本人気質を育んできた。
災害に見舞われても、
村社会で助け合い生きてきた。
村八分みたいな制度もできた。
だから、全体よりも局所。
自分の属する組織に忠誠を尽くし、
そのしきたりに従うことが最優先されがちだ。
それは今でも日本人の根底に残っているように思う。
わしもサラリーマン時代には、
会社の為にという意識は強かった。
その頃は、談合に対する批判が多かったが、
必要悪だと思っている社員がほとんどだったと思う。
偽装問題など会社の為に法律を犯す人も少なくない。
今はコンプライアンスとかいうのが、
会社でも流行っているようだが、
これも、会社を守るために、
コンプライアンスしましょう、
と思っているのではないか。
今の日本を知らないわしはそう訝しんでしまう。
今回の東日本大震災を見ても、
政府は全く機能しなかったのに、
秩序が守られたのは、
ある面、この村社会が機能したのではないだろうか。
どじょう総理は、
案の定、リーダーシップが取れないで、
批判されている。
鳩ポッポと馬菅は、
人格そのものに問題があるのではないかと疑うが、
どじょう総理はそうでもないと思うがどうなのだろう。
世界から賞賛された被災者。
献身的に援助活動をした、
自衛官に警察官、消防士。
ボランティア。
日本人は素晴らしいと思う。
その一方で、
同じ日本人でありながら、
政治家、官僚、マスコミ、東電、原発村は批判の的である。
もちろん、批判される立場なので、
ある程度仕方ないし、
批判が真実でない場合も多いとは思うが、
それにしても不思議である。
政治家や官僚、ジャーナリストになった大半の人は、
有能で大志を抱いていた筈だ。
東電や原発村だって、
有数の研究者や技術者が集まり、
経営者も財界の一線級のはずである。
だいたい一昔前までは日本の官僚は一流だと言われていた。
これはいったい何だろう???
一つはやはり村社会意識があるのかもしれない。
大局を見るのが苦手な民族なのかもしれない。
特に意識していないのかもしれないが、
自分の属する組織を守ろうという力が働くのだろう。
それに、長年に渡って作られてきた制度の問題なのだろう。
あらゆる制度が疲弊しているのではないだろうか。
例えば、官僚は事なかれ主義と言われるが、
そうなる何かがあるのだろう。
優秀で高潔な政治家や官僚の前には、
どうしようもない高い壁が立ちはだかり、
自分自身では良いことをしていると思っている人が、
足を引っ張っている。
そんな構図があるような気がする。
黒舟で明治維新を成し遂げ、
敗戦で焼け野原から戦後復興を成し遂げた日本。
TPPにそこまでの力があるとは思えないが、
世界で戦える制度に変える切っ掛けにはなるのではないだろうか。
日本は貿易立国でもあるから、
これらに賛同する日本人は多いと思う。
しかし、それらが自分の身に降りかかって来るかもしれないと分かると、
途端に反対する。
日本ではTPPの話題で盛り上がっているようだが、
今になって反対が多くなっているのは、
総論賛成各論反対、
そんな日本人気質が背景にあるように思う。
日本は村社会だと言われる。
島国の日本は災害大国で、
日本人は農耕民族である。
寒い冬もある。
囲まれた海のお陰で、
外国からある程度守られてきた。
日本人は、
日本風土に根差したコミュニティーを創り上げてきた。
風土が日本人気質を育んできた。
災害に見舞われても、
村社会で助け合い生きてきた。
村八分みたいな制度もできた。
だから、全体よりも局所。
自分の属する組織に忠誠を尽くし、
そのしきたりに従うことが最優先されがちだ。
それは今でも日本人の根底に残っているように思う。
わしもサラリーマン時代には、
会社の為にという意識は強かった。
その頃は、談合に対する批判が多かったが、
必要悪だと思っている社員がほとんどだったと思う。
偽装問題など会社の為に法律を犯す人も少なくない。
今はコンプライアンスとかいうのが、
会社でも流行っているようだが、
これも、会社を守るために、
コンプライアンスしましょう、
と思っているのではないか。
今の日本を知らないわしはそう訝しんでしまう。
今回の東日本大震災を見ても、
政府は全く機能しなかったのに、
秩序が守られたのは、
ある面、この村社会が機能したのではないだろうか。
どじょう総理は、
案の定、リーダーシップが取れないで、
批判されている。
鳩ポッポと馬菅は、
人格そのものに問題があるのではないかと疑うが、
どじょう総理はそうでもないと思うがどうなのだろう。
世界から賞賛された被災者。
献身的に援助活動をした、
自衛官に警察官、消防士。
ボランティア。
日本人は素晴らしいと思う。
その一方で、
同じ日本人でありながら、
政治家、官僚、マスコミ、東電、原発村は批判の的である。
もちろん、批判される立場なので、
ある程度仕方ないし、
批判が真実でない場合も多いとは思うが、
それにしても不思議である。
政治家や官僚、ジャーナリストになった大半の人は、
有能で大志を抱いていた筈だ。
東電や原発村だって、
有数の研究者や技術者が集まり、
経営者も財界の一線級のはずである。
だいたい一昔前までは日本の官僚は一流だと言われていた。
これはいったい何だろう???
一つはやはり村社会意識があるのかもしれない。
大局を見るのが苦手な民族なのかもしれない。
特に意識していないのかもしれないが、
自分の属する組織を守ろうという力が働くのだろう。
それに、長年に渡って作られてきた制度の問題なのだろう。
あらゆる制度が疲弊しているのではないだろうか。
例えば、官僚は事なかれ主義と言われるが、
そうなる何かがあるのだろう。
優秀で高潔な政治家や官僚の前には、
どうしようもない高い壁が立ちはだかり、
自分自身では良いことをしていると思っている人が、
足を引っ張っている。
そんな構図があるような気がする。
黒舟で明治維新を成し遂げ、
敗戦で焼け野原から戦後復興を成し遂げた日本。
TPPにそこまでの力があるとは思えないが、
世界で戦える制度に変える切っ掛けにはなるのではないだろうか。
2011年11月14日
酒飲み
バンコクのある繁華街。
ある日の昼過ぎ。
観光客が行き交う歩道に面し、
昼間からシャッターを開けた、
開放的なバーが並び、
派手なおねーちゃん達が歩道側に陣取り、
観光客を気だるそうに眺めている。
「20時までハッピータイム。ローカル麦酒70B(記憶曖昧)」
と掲げられえた店に立ち入る。
すぐには誰も寄って来ない。
キョロキョロと店内を眺め、
好みのねーちゃんを探し、
適当な場所に腰掛ける。
近くのウェイターに麦酒を注文。
いつも飲む麦酒は安いビアーアーチャ。
しかし、ここはどの麦酒も同じ値段なので、
当然、ビアーシン。
我ながらセコイ。
こんな所が、
いつまで経ってもうだつが上がらない要因なのかもしれない。
断熱材の円筒容器に入れられた、
小瓶の麦酒が運ばれてくる。
瓶の口から直接、
乾いた喉に苦い黄金の液体を流し込む。
波打つのように、
ゆるりと喉に届き、
二日酔い気味の胃に吸収される。
上手い!!
コップから飲む方が喉越しは良いが、
こういう場では、
瓶で飲むのが良く似合う。
ほっと、息を吐く。
頬辺りに血液が巡って来るのが分かる。
欧米人向けなのだろうか、
テーブルも椅子も位置が高い。
片肘をつき、
ちびりちびりと黄金水を口に運び、
辺りを観察する。
わしがタイに嵌ったのは、
こんな一時に、
何とも言えない魅力を感じたからかもしれない。
もちろん、タイに初めてきたときの様な新鮮味はないが、
日本では経験したことがない、
緩い空気が気にいっている。
客のほとんどは欧米人。
友達と陽気に喋っている野郎も居れば、
おねーちゃんを口説いている野郎もいる。
店の奥ではビリヤードに興じているおねーちゃんと野郎ども。
(こういうバーには大抵ビリヤード台が置いてあり1回20B。
話に詰まると、おねーちゃんが誘ってくる)
わしは一人、
哀愁を漂わせ、
麦酒を追加する。
この店は、
矢鱈とおねーちゃんが寄って来ないのが良い。
一人で飲むより、
おねーちゃんと一緒の方が楽しいのは、
わしも男。
だが、おねーちゃんに易々と奢る気になれない。
ねーちゃんのドリンク代は高い。
100B以上する。
一部がおねーちゃんの懐へ入るのだから仕方ないのかもしれないが。。。。
タイに旅行で来ていた時は、
金銭感覚は日本の飲み屋。
南国の開放的で楽観的な雰囲気に、
底抜けに明るいおねちゃんたち。
当然、財布の紐も緩い。
今のわしはタイの地方都市に住み、
飲むのは、雑貨屋前のコンクリート製の机で、
定価で買ったビアアーチャ。
地方に比べ首都バンコクは物価が高い。
物価が当分の間、
ほとんど変わっていない日本とは違い、
タイはインフレ。
わしの記憶も変わらず、
旅行のときに感じた、
安いな~という感覚のまま。
だから余計に高く感じる。
今頃は、このような場で、
あの頃のように、
心の底から楽しむことが出来ない場合が多い。
酔っ払い、
良い気分になり、
ついつい、おねーちゃんに奢ると、
場は盛り上がる。
酒の量が増える。
気分は更に大きくなり、
おねーちゃんの言いなり。
更に酒の量は増える。
気分は最高。
会計も高額。
また、馬鹿やってもうたな~と重い気になり、
しぶしぶ、支払いを済ませることが、しばしば。
いやいやながら20B札ぐらいのチップを置いていく、
気取った自分が更に嫌になる。
翌朝、床に脱ぎ捨てた、
ズボンを拾い、
ポケットから残り金を数え、
二日酔いに拍車を掛ける。。。。
それでも、
懲りずにまた飲みに出るのは何故だろう。
酒飲みとは学習能力が足りない人種なのだろうか。
あの楽しかった幻を忘れられないのだろうか。
偏見だろうが、
欧米人の飲み方はスマートに見える。
楽しんでいるように見える。
日本人みたいな一人のオヤジ。
何人かは分からない。
隣の席につき、
麦酒を注文。
そこへ、おねーちゃんが挨拶に行く。
一瞥して無視。
嫌そうな表情。
好みの子でなかったのだろうが、
こんな遊びの場では、
いかにも野暮ったい。
断るにしても、
もっと方法があるだろう。
わしは粋でありたいと思う。
粋に飲みたいと思う。
ビアバーを何軒か梯子する。
奢って攻撃に、
一本だけ飲んで出ることも。。。
きっと、わしも嫌な顔していただろう。。。。。
「あんた、昨夜千鳥足で店の前を行き来していたわよ」
初めて入った店で言われる。
無防備。
緊張感がない。
ああ、何だか最近面白くない。
年を取ったオヤジの台詞。
やはりわしはただの酔っ払い。
格好良く出来ない。
ベトナム帰りの兵士たちの開放の場として栄えたと言われる、
タイのゴーゴーバー。
最初、入ったときの衝撃は今も忘れられない。
今はそれ程楽しいとは思わないが、
折角バンコクへ来たからと、
ついつい探索してしまう。
こういう場では、
散財しないと、もてない。
面白くない。
逆に金があれば、
こんな楽しいところは滅多にない。
特に普段もてないオヤジには。。。。
目の前で、
鼻の下を伸ばした白人ハゲオヤジは
おねーちゃんに囲まれ上機嫌。
おねーちゃん達もご機嫌取りに忙しい。
生活のためとは言え、
大変だ。
男も本能とは言え、
アホだ。
冷静に眺めていると、
哀れに思えてくる。
世の中の不条理に悲しくなって来る。
何でこの若い子たちはこんなことをしているのだろう。
本当に楽しんでいるのだろうか。。。。。
人生とは。。。。
昨夜、その白人のように、
おねーちゃんに囲まれ、
超ご機嫌になっていた、
自分のことを思い出し、
興醒めしてくる。
こうなるともう駄目。
屋台で、
氷の入ったコップにビアチャンを注ぎ、
一気に飲み干す方が、
悪酔いしなくて済む。
バンコクには、
人の欲望が渦巻いている。
綺麗事ばかりではない。
人の影の部分が、
闇に包まれ、
反転して輝いている。
それが、バンコクの魅力の一つだと思う。
まだまだ抜け出せそうにない。
はぁ、こんな事を書いていると、
何だか現実逃避したくなる。
酔いたくなってきた。
飲みにでも行くか!!
ある日の昼過ぎ。
観光客が行き交う歩道に面し、
昼間からシャッターを開けた、
開放的なバーが並び、
派手なおねーちゃん達が歩道側に陣取り、
観光客を気だるそうに眺めている。
「20時までハッピータイム。ローカル麦酒70B(記憶曖昧)」
と掲げられえた店に立ち入る。
すぐには誰も寄って来ない。
キョロキョロと店内を眺め、
好みのねーちゃんを探し、
適当な場所に腰掛ける。
近くのウェイターに麦酒を注文。
いつも飲む麦酒は安いビアーアーチャ。
しかし、ここはどの麦酒も同じ値段なので、
当然、ビアーシン。
我ながらセコイ。
こんな所が、
いつまで経ってもうだつが上がらない要因なのかもしれない。
断熱材の円筒容器に入れられた、
小瓶の麦酒が運ばれてくる。
瓶の口から直接、
乾いた喉に苦い黄金の液体を流し込む。
波打つのように、
ゆるりと喉に届き、
二日酔い気味の胃に吸収される。
上手い!!
コップから飲む方が喉越しは良いが、
こういう場では、
瓶で飲むのが良く似合う。
ほっと、息を吐く。
頬辺りに血液が巡って来るのが分かる。
欧米人向けなのだろうか、
テーブルも椅子も位置が高い。
片肘をつき、
ちびりちびりと黄金水を口に運び、
辺りを観察する。
わしがタイに嵌ったのは、
こんな一時に、
何とも言えない魅力を感じたからかもしれない。
もちろん、タイに初めてきたときの様な新鮮味はないが、
日本では経験したことがない、
緩い空気が気にいっている。
客のほとんどは欧米人。
友達と陽気に喋っている野郎も居れば、
おねーちゃんを口説いている野郎もいる。
店の奥ではビリヤードに興じているおねーちゃんと野郎ども。
(こういうバーには大抵ビリヤード台が置いてあり1回20B。
話に詰まると、おねーちゃんが誘ってくる)
わしは一人、
哀愁を漂わせ、
麦酒を追加する。
この店は、
矢鱈とおねーちゃんが寄って来ないのが良い。
一人で飲むより、
おねーちゃんと一緒の方が楽しいのは、
わしも男。
だが、おねーちゃんに易々と奢る気になれない。
ねーちゃんのドリンク代は高い。
100B以上する。
一部がおねーちゃんの懐へ入るのだから仕方ないのかもしれないが。。。。
タイに旅行で来ていた時は、
金銭感覚は日本の飲み屋。
南国の開放的で楽観的な雰囲気に、
底抜けに明るいおねちゃんたち。
当然、財布の紐も緩い。
今のわしはタイの地方都市に住み、
飲むのは、雑貨屋前のコンクリート製の机で、
定価で買ったビアアーチャ。
地方に比べ首都バンコクは物価が高い。
物価が当分の間、
ほとんど変わっていない日本とは違い、
タイはインフレ。
わしの記憶も変わらず、
旅行のときに感じた、
安いな~という感覚のまま。
だから余計に高く感じる。
今頃は、このような場で、
あの頃のように、
心の底から楽しむことが出来ない場合が多い。
酔っ払い、
良い気分になり、
ついつい、おねーちゃんに奢ると、
場は盛り上がる。
酒の量が増える。
気分は更に大きくなり、
おねーちゃんの言いなり。
更に酒の量は増える。
気分は最高。
会計も高額。
また、馬鹿やってもうたな~と重い気になり、
しぶしぶ、支払いを済ませることが、しばしば。
いやいやながら20B札ぐらいのチップを置いていく、
気取った自分が更に嫌になる。
翌朝、床に脱ぎ捨てた、
ズボンを拾い、
ポケットから残り金を数え、
二日酔いに拍車を掛ける。。。。
それでも、
懲りずにまた飲みに出るのは何故だろう。
酒飲みとは学習能力が足りない人種なのだろうか。
あの楽しかった幻を忘れられないのだろうか。
偏見だろうが、
欧米人の飲み方はスマートに見える。
楽しんでいるように見える。
日本人みたいな一人のオヤジ。
何人かは分からない。
隣の席につき、
麦酒を注文。
そこへ、おねーちゃんが挨拶に行く。
一瞥して無視。
嫌そうな表情。
好みの子でなかったのだろうが、
こんな遊びの場では、
いかにも野暮ったい。
断るにしても、
もっと方法があるだろう。
わしは粋でありたいと思う。
粋に飲みたいと思う。
ビアバーを何軒か梯子する。
奢って攻撃に、
一本だけ飲んで出ることも。。。
きっと、わしも嫌な顔していただろう。。。。。
「あんた、昨夜千鳥足で店の前を行き来していたわよ」
初めて入った店で言われる。
無防備。
緊張感がない。
ああ、何だか最近面白くない。
年を取ったオヤジの台詞。
やはりわしはただの酔っ払い。
格好良く出来ない。
ベトナム帰りの兵士たちの開放の場として栄えたと言われる、
タイのゴーゴーバー。
最初、入ったときの衝撃は今も忘れられない。
今はそれ程楽しいとは思わないが、
折角バンコクへ来たからと、
ついつい探索してしまう。
こういう場では、
散財しないと、もてない。
面白くない。
逆に金があれば、
こんな楽しいところは滅多にない。
特に普段もてないオヤジには。。。。
目の前で、
鼻の下を伸ばした白人ハゲオヤジは
おねーちゃんに囲まれ上機嫌。
おねーちゃん達もご機嫌取りに忙しい。
生活のためとは言え、
大変だ。
男も本能とは言え、
アホだ。
冷静に眺めていると、
哀れに思えてくる。
世の中の不条理に悲しくなって来る。
何でこの若い子たちはこんなことをしているのだろう。
本当に楽しんでいるのだろうか。。。。。
人生とは。。。。
昨夜、その白人のように、
おねーちゃんに囲まれ、
超ご機嫌になっていた、
自分のことを思い出し、
興醒めしてくる。
こうなるともう駄目。
屋台で、
氷の入ったコップにビアチャンを注ぎ、
一気に飲み干す方が、
悪酔いしなくて済む。
バンコクには、
人の欲望が渦巻いている。
綺麗事ばかりではない。
人の影の部分が、
闇に包まれ、
反転して輝いている。
それが、バンコクの魅力の一つだと思う。
まだまだ抜け出せそうにない。
はぁ、こんな事を書いていると、
何だか現実逃避したくなる。
酔いたくなってきた。
飲みにでも行くか!!
2011年10月24日
ついにバンコクまで
間違って先の投稿分を消してしまった。
まあ、しゃーない。マンペンライ。
ついにバンコクの一部地域も浸水した模様。
あれだけ騒がられていたので、
流石のタイ人も、
警戒していただろう。
浸水して困るものは、
高所に移したり、
避難場所を確認していたと思う。
詰めは甘いような気がするが。。。。。
しかし、固定された製造ラインや、
大きな機械などは動かしようがない。
土嚢で浸水を防ぐ程度しか、
対策が出来ていないところも多いのではないだろうか。
一度、水に浸かってしまえば、
使い物にならない機械も多いのでと、心配だ。
老人や病人などへの影響もあるだろう。
水を見ると思わず戯れたくなるタイ人のことだから、
衛生問題も問題になるかもしれない。
タイ各地にロータスという外資系の大手小売店がある。
近頃はロータスエクスプレスという、
コンビニ形式の店を展開し、
当店近くにも出来ているが、
昨日行ってみると商品がガラガラ。
インスタントラーメンに至っては、
少し高価な「ラーメン」という商品以外は売り切れ状態。
買占めか??
我が家近くでは、
平穏そのものなので、
バンコク周辺で物不足になっていてこちらに回らないのか、
ロータス自体の流通が麻痺しているのか、
どちらかだろう。
その両方かもしれない。
ちなみにセブンイレブンは平常だけど?
消してしまった投稿に書いたように、
当地は数日前から雨がなく、
カラッした天候。
乾季に入っていると思われる。
被害の大きい中部からバンコクに掛けての天候は、
よく分からないが、
いずれにせよ、入ったか、もう直ぐか。
雨が降らなければ、
水は徐々に引き始める。
先日、わしは大きなポカをやってしまい、
バンコクへ行かなければならない用事がある。
どんな状況なんでしょうね~。
バスターミナルがあるモーチット辺りも大変そう。
今週は行かない方が賢明かもしれない。
東日本大震災もそうだが、
遠くに住んでいると、
今一つ緊迫感がない。
被災された皆さまに、
心からお見舞い申し上げます。
【参考:バンコク都発表の仮日本語訳】
23日夜、スクムパン都知事は、
パトゥムタニ県ランシット地区の大量の水がバンコクに流れ込んでおり、
バンコク北部で水を溢れさせ、
水位が早いテンポで上昇していると説明し、
都が周辺状況の計測指標から状況を評価したところ、
当面影響を受ける地域は、ドンムアン、ラクシー、バンケーン、ジャトゥチャック、サイマーイ、バンスー地区であることから、
これらの地域の住民は家財、
自動車その他を高い場所に移すとともに、
生命及び家財に危険な地区に住む住民、
とりわけ一義的に重要な、老人、子供、病人は、
都が準備する避難施設に移動して欲しい。
また、住民及び都の職員は、状況に留意し、
都の発表を注視して欲しい旨を発表した。
更に同都知事は、住民にパニックにならないよう求め、
都は政府とともに状況の改善と住民保護に今後24時間体制で取り組むので信用して欲しいと述べるとともに、
都は持てるすべての能力、移動チーム、緊急及び医療チームユニットを動員して、
住民に助言を行っていく、
明日(24日)状況を再評価し、
事態が危機的となった場合は、
約束通り自分がこれを最初に発表する旨述べた。
また、都は外務次官に連絡し、在バンコクの外交団に状況を注視するよう求めており、
都在住の国民及び外国人に知らしめるため、
都のウェブサイトを通じて発表や説明を英語で行っている。
まあ、しゃーない。マンペンライ。
ついにバンコクの一部地域も浸水した模様。
あれだけ騒がられていたので、
流石のタイ人も、
警戒していただろう。
浸水して困るものは、
高所に移したり、
避難場所を確認していたと思う。
詰めは甘いような気がするが。。。。。
しかし、固定された製造ラインや、
大きな機械などは動かしようがない。
土嚢で浸水を防ぐ程度しか、
対策が出来ていないところも多いのではないだろうか。
一度、水に浸かってしまえば、
使い物にならない機械も多いのでと、心配だ。
老人や病人などへの影響もあるだろう。
水を見ると思わず戯れたくなるタイ人のことだから、
衛生問題も問題になるかもしれない。
タイ各地にロータスという外資系の大手小売店がある。
近頃はロータスエクスプレスという、
コンビニ形式の店を展開し、
当店近くにも出来ているが、
昨日行ってみると商品がガラガラ。
インスタントラーメンに至っては、
少し高価な「ラーメン」という商品以外は売り切れ状態。
買占めか??
我が家近くでは、
平穏そのものなので、
バンコク周辺で物不足になっていてこちらに回らないのか、
ロータス自体の流通が麻痺しているのか、
どちらかだろう。
その両方かもしれない。
ちなみにセブンイレブンは平常だけど?
消してしまった投稿に書いたように、
当地は数日前から雨がなく、
カラッした天候。
乾季に入っていると思われる。
被害の大きい中部からバンコクに掛けての天候は、
よく分からないが、
いずれにせよ、入ったか、もう直ぐか。
雨が降らなければ、
水は徐々に引き始める。
先日、わしは大きなポカをやってしまい、
バンコクへ行かなければならない用事がある。
どんな状況なんでしょうね~。
バスターミナルがあるモーチット辺りも大変そう。
今週は行かない方が賢明かもしれない。
東日本大震災もそうだが、
遠くに住んでいると、
今一つ緊迫感がない。
被災された皆さまに、
心からお見舞い申し上げます。
【参考:バンコク都発表の仮日本語訳】
23日夜、スクムパン都知事は、
パトゥムタニ県ランシット地区の大量の水がバンコクに流れ込んでおり、
バンコク北部で水を溢れさせ、
水位が早いテンポで上昇していると説明し、
都が周辺状況の計測指標から状況を評価したところ、
当面影響を受ける地域は、ドンムアン、ラクシー、バンケーン、ジャトゥチャック、サイマーイ、バンスー地区であることから、
これらの地域の住民は家財、
自動車その他を高い場所に移すとともに、
生命及び家財に危険な地区に住む住民、
とりわけ一義的に重要な、老人、子供、病人は、
都が準備する避難施設に移動して欲しい。
また、住民及び都の職員は、状況に留意し、
都の発表を注視して欲しい旨を発表した。
更に同都知事は、住民にパニックにならないよう求め、
都は政府とともに状況の改善と住民保護に今後24時間体制で取り組むので信用して欲しいと述べるとともに、
都は持てるすべての能力、移動チーム、緊急及び医療チームユニットを動員して、
住民に助言を行っていく、
明日(24日)状況を再評価し、
事態が危機的となった場合は、
約束通り自分がこれを最初に発表する旨述べた。
また、都は外務次官に連絡し、在バンコクの外交団に状況を注視するよう求めており、
都在住の国民及び外国人に知らしめるため、
都のウェブサイトを通じて発表や説明を英語で行っている。
2011年10月14日
洪水
日本でも洪水のニュースが大きく取り上げられているようですね。
洪水と言えば、
日本人は、
台風などの集中的な豪雨で、
川が決壊し洪水になると思われるかもしれないが、
タイの場合は事情が異なるように思う。
日本は山から海まで近く、
高低差も大きいが、
タイの場合は広大な平野が大半で、
内陸部から海までは遥か彼方。
水が海に流れ出るまで、
地理的特性が大分違う。
また、タイは雨季と乾季がはっきりと別れ、
乾季には全くと言って良いほど降らない雨が、
雨季になると毎日のように降る。
南国特有の豪雨は、
台風の豪雨に引けは取らないが、
短時間で止んでしまうで、
短期間の雨だけで、
洪水になる訳ではないのだろう。
つまり、タイの洪水は、
日本のようにせわしくない。
じわじわと進み、
じっくりと居座る。
(見たわけではないが、決壊したら水は見る見るうちに浸水してしまうだろうが)
もうすぐ首都バンコクまでもが、
危ないという話もある。
首都を守るために、
その手前で溢れさせているという話もあるが。。。。
タイ各地にはダム湖があり、
容量を超えた水を放出することにより、
被害があるとも聞くが、
ダム湖の影響はどうなのだろう。
ダム湖があるために、
被害が大きくなっているのか、
それとも、お陰でこれだけの被害で済んでいるのかは、
よく分からない。
今年のように、
工場団地まで浸水してしまうと、
水が引くまで時間がかかるだろうから、
被害は深刻かもしれない。
日本への影響も懸念される。
雨季が終わるまで、
後半月ぐらいか。。。。
当地では、この2、3日は雨が少なかったが、
今朝は凄い雨で目が覚めた。
例年だと雨季の終わりは、
雨が多いような記憶がある。
今年は早く乾季が来ることを祈るしかない。
洪水と言えば、
日本人は、
台風などの集中的な豪雨で、
川が決壊し洪水になると思われるかもしれないが、
タイの場合は事情が異なるように思う。
日本は山から海まで近く、
高低差も大きいが、
タイの場合は広大な平野が大半で、
内陸部から海までは遥か彼方。
水が海に流れ出るまで、
地理的特性が大分違う。
また、タイは雨季と乾季がはっきりと別れ、
乾季には全くと言って良いほど降らない雨が、
雨季になると毎日のように降る。
南国特有の豪雨は、
台風の豪雨に引けは取らないが、
短時間で止んでしまうで、
短期間の雨だけで、
洪水になる訳ではないのだろう。
つまり、タイの洪水は、
日本のようにせわしくない。
じわじわと進み、
じっくりと居座る。
(見たわけではないが、決壊したら水は見る見るうちに浸水してしまうだろうが)
もうすぐ首都バンコクまでもが、
危ないという話もある。
首都を守るために、
その手前で溢れさせているという話もあるが。。。。
タイ各地にはダム湖があり、
容量を超えた水を放出することにより、
被害があるとも聞くが、
ダム湖の影響はどうなのだろう。
ダム湖があるために、
被害が大きくなっているのか、
それとも、お陰でこれだけの被害で済んでいるのかは、
よく分からない。
今年のように、
工場団地まで浸水してしまうと、
水が引くまで時間がかかるだろうから、
被害は深刻かもしれない。
日本への影響も懸念される。
雨季が終わるまで、
後半月ぐらいか。。。。
当地では、この2、3日は雨が少なかったが、
今朝は凄い雨で目が覚めた。
例年だと雨季の終わりは、
雨が多いような記憶がある。
今年は早く乾季が来ることを祈るしかない。
2011年10月02日
矛盾と言えば。。。。。
今日は酔っ払った勢いでもう一つ。
ラオラオというラオスで飲まれているスピリッツがある。
タイにはラオカオと呼ばれる蒸留酒がある。
起源は同じ様なところにあると思うが、
何故か廉価なラオラオの方が美味しい。
タイのラオカオを飲むと吐きそうになるのは何故だろう???
不思議と言えば、
ネット社会を見る限り、
何故、今の日本には余裕が無いのだろう??と思っていた。
バブル景気が弾けて、もう20年ぐらい。
今はデフレが日本を苦しめている。
考えてみれば今の若者は、
不景気の中で生まれ成長して来たのだ。
節約が美徳と考えられても仕方ない。
でも、浪費が、
資本主義の根源。
一方で節約を言い、
一方で浪費を願う。
こんな矛盾を受け入れられる懐の深さが、
今の日本に求められているのではないだろうか。
絶対的な答えを求め過ぎている。
そんな気がしてならない。
ラオラオというラオスで飲まれているスピリッツがある。
タイにはラオカオと呼ばれる蒸留酒がある。
起源は同じ様なところにあると思うが、
何故か廉価なラオラオの方が美味しい。
タイのラオカオを飲むと吐きそうになるのは何故だろう???
不思議と言えば、
ネット社会を見る限り、
何故、今の日本には余裕が無いのだろう??と思っていた。
バブル景気が弾けて、もう20年ぐらい。
今はデフレが日本を苦しめている。
考えてみれば今の若者は、
不景気の中で生まれ成長して来たのだ。
節約が美徳と考えられても仕方ない。
でも、浪費が、
資本主義の根源。
一方で節約を言い、
一方で浪費を願う。
こんな矛盾を受け入れられる懐の深さが、
今の日本に求められているのではないだろうか。
絶対的な答えを求め過ぎている。
そんな気がしてならない。
2011年10月02日
快感!!
日本語無料情報誌。
バンコクには結構な種類の情報誌が、
色々な店に置いてある。
その内容は無料とは思えない程に充実しているので、
バンコクに出た時は、
孤独なわしの格好なおかずになる。
どうやって経営が成り立っているのか、
多少疑問に思うが、
多くの人に読んでもらうことによって、
スポンサーが付くのだろう。
そんな紙面にわしの緩いブログが紹介されることは、
甚だ恐縮に感じるが、
奇特な方がわしに掲載の依頼をして来た。
恥の文化が身に付いているわしは、
断わろうと考えたが、
折角なので、
引き受けることに。。。。
密かに掻く個人的なブログを多くの人の前に曝け出すのも、
結構快感かもしれない!!
今月発行のWEBに、
拙ブログが紹介されるかもしれません。
WEBの読者の皆さん初めまして!!
これも何かの縁。
今後ともよろしく!!
バンコクには結構な種類の情報誌が、
色々な店に置いてある。
その内容は無料とは思えない程に充実しているので、
バンコクに出た時は、
孤独なわしの格好なおかずになる。
どうやって経営が成り立っているのか、
多少疑問に思うが、
多くの人に読んでもらうことによって、
スポンサーが付くのだろう。
そんな紙面にわしの緩いブログが紹介されることは、
甚だ恐縮に感じるが、
奇特な方がわしに掲載の依頼をして来た。
恥の文化が身に付いているわしは、
断わろうと考えたが、
折角なので、
引き受けることに。。。。
密かに掻く個人的なブログを多くの人の前に曝け出すのも、
結構快感かもしれない!!
今月発行のWEBに、
拙ブログが紹介されるかもしれません。
WEBの読者の皆さん初めまして!!
これも何かの縁。
今後ともよろしく!!
2011年09月24日
利きビール
わしは仮にも板前だった。
味覚に自信がないと勤まらない。
当然、味にはうるさい。
と思われるかもしれないが、
わしは味覚なんていい加減だと思っている。
人間なんていい加減だと思っていると言った方が良いか。
網膜には盲点がある。
盲点は映像の認識が出来ないにも関わらず、
脳では、周りと矛盾がないように、
そこに何かあるものとして処理している。
つまり盲点の部分は現実の世界ではない。
しかしそのことは自覚できない。
虚像を見て人間は意識する。
目の錯覚なども脳の仕業。
脳科学のことは良く分からないが、
過去の経験や記憶などから導き出される意識は、
偏重していると思った方が良さそうだ。
馬菅だって、
自分は歴史に残る優秀な総理で、
やるべきことはやったと本当に思っているのだ。
脳が変換した妄想の世界が真実だと、
本人は信じて疑っていない。
人間のいい加減さがよく分かる。
味覚だって然り。
絶対的に美味しいものがあるのなら、
世界中の料理が同じような味付けになるはずだ。
タイ料理と日本料理がこれだけ違うのは解せない。
チャン。
シン。
レオ。
ハイネケン。
アーチャ。
そして、ラオ。
被験者は3人。
ビールはよく口にする物ばかり。
被験者の懐所によって飲む銘柄は大分偏重しているが。。。
番号を書いたコップに、
被験者から見えないところで、
それぞれのビールを注ぐ。
被験者は思い思いに、
ビールを飲み、
紙に番号と銘柄を書く。
結果発表。。^^。。
3人とも正解したのは、
ビアラオ。
特別に美味しいから。
ではなく。
独特の味だから。
でもなく、
これだけ冷えてなかったから。
ラオスからの土産物で、
冷やす暇がなかったのだ。
わしは他にアーチャだけが正解。
もう一人がシンとハイネケン。
もう一人はシンだけだったかな。
まあ、大分前の実験なので良く覚えていない。
正解率は低い。
皆の感想も、「よく分からん」
本当によく分からない。
味の違いは分かるが、
銘柄までは分からない。
飲み慣れた銘柄の正解率が高かったのは、
偶然だろうか??
恐らく優位性はないだろう。。。。
もし、比べる前に味見していたら、
もう少し正解率は高かっただろうが。。。
勿論、残ったビールはそのまま飲み続けたが、
さて、不思議。
わしは貧乏性だから、
こういうときは高価なハイネケンから手を出す。
瓶からハイネケンを注いでから飲むと、
何とハイネケンの味がするのだ。
まあ、そんなものだ。
味覚だけでなく、
色々な情報から判断しているのだろう。
勿論、その道のプロや、
本当に味覚の鋭い人なら正解するだろうが。。。
食事だって、
食べる場所、相手、金額、体調などなどによって、
印象は変わってくる。
霜降りがたっぷり入ったA5の牛肉を、
脂っこいといって欧米人は嫌がると聞く。
養殖のハマチを脂っこいと言って日本人は嫌がる。
食肉は養殖に近付けて、
養殖魚は天然に近付ける。
何か変。
老鶏を地鶏と偽装して販売しても、
消費者は分からない。
味覚とは後天的な刷り込みが大きい。
そう思う。
タイ料理が嫌いなアナタ。
気持ち次第で美味しく感じるようになりますよ。
きっと。
あの実験から、
アーチャばかり飲むようになったことは、
言うまでもない。
味覚に自信がないと勤まらない。
当然、味にはうるさい。
と思われるかもしれないが、
わしは味覚なんていい加減だと思っている。
人間なんていい加減だと思っていると言った方が良いか。
網膜には盲点がある。
盲点は映像の認識が出来ないにも関わらず、
脳では、周りと矛盾がないように、
そこに何かあるものとして処理している。
つまり盲点の部分は現実の世界ではない。
しかしそのことは自覚できない。
虚像を見て人間は意識する。
目の錯覚なども脳の仕業。
脳科学のことは良く分からないが、
過去の経験や記憶などから導き出される意識は、
偏重していると思った方が良さそうだ。
馬菅だって、
自分は歴史に残る優秀な総理で、
やるべきことはやったと本当に思っているのだ。
脳が変換した妄想の世界が真実だと、
本人は信じて疑っていない。
人間のいい加減さがよく分かる。
味覚だって然り。
絶対的に美味しいものがあるのなら、
世界中の料理が同じような味付けになるはずだ。
タイ料理と日本料理がこれだけ違うのは解せない。
チャン。
シン。
レオ。
ハイネケン。
アーチャ。
そして、ラオ。
被験者は3人。
ビールはよく口にする物ばかり。
被験者の懐所によって飲む銘柄は大分偏重しているが。。。
番号を書いたコップに、
被験者から見えないところで、
それぞれのビールを注ぐ。
被験者は思い思いに、
ビールを飲み、
紙に番号と銘柄を書く。
結果発表。。^^。。
3人とも正解したのは、
ビアラオ。
特別に美味しいから。
ではなく。
独特の味だから。
でもなく、
これだけ冷えてなかったから。
ラオスからの土産物で、
冷やす暇がなかったのだ。
わしは他にアーチャだけが正解。
もう一人がシンとハイネケン。
もう一人はシンだけだったかな。
まあ、大分前の実験なので良く覚えていない。
正解率は低い。
皆の感想も、「よく分からん」
本当によく分からない。
味の違いは分かるが、
銘柄までは分からない。
飲み慣れた銘柄の正解率が高かったのは、
偶然だろうか??
恐らく優位性はないだろう。。。。
もし、比べる前に味見していたら、
もう少し正解率は高かっただろうが。。。
勿論、残ったビールはそのまま飲み続けたが、
さて、不思議。
わしは貧乏性だから、
こういうときは高価なハイネケンから手を出す。
瓶からハイネケンを注いでから飲むと、
何とハイネケンの味がするのだ。
まあ、そんなものだ。
味覚だけでなく、
色々な情報から判断しているのだろう。
勿論、その道のプロや、
本当に味覚の鋭い人なら正解するだろうが。。。
食事だって、
食べる場所、相手、金額、体調などなどによって、
印象は変わってくる。
霜降りがたっぷり入ったA5の牛肉を、
脂っこいといって欧米人は嫌がると聞く。
養殖のハマチを脂っこいと言って日本人は嫌がる。
食肉は養殖に近付けて、
養殖魚は天然に近付ける。
何か変。
老鶏を地鶏と偽装して販売しても、
消費者は分からない。
味覚とは後天的な刷り込みが大きい。
そう思う。
タイ料理が嫌いなアナタ。
気持ち次第で美味しく感じるようになりますよ。
きっと。
あの実験から、
アーチャばかり飲むようになったことは、
言うまでもない。
2011年09月18日
雨
雨。
今年のタイは異常に雨が多い。
雨季なので連日のように雨が降るのは不思議ではないのだが、
今年は雨の降り方が例年と異なる。
いつもならスコール特有の、
夕方から夜にかけて、
雷を伴っての豪雨になり、
比較的短時間で止むことが多いが、
今年は所かまわず、朝方から未明まで、
豪雨に見舞われる。
夜半になれば、
必ずと言って良いほど、
雷雨が轟く。
それて、朝までしとしとと降り続く。
テレビでは連日、
洪水のニュースが流れている。
タイ領土の大半が平野なので、
タイ北部や東北部から、
川では処理できない水が、
低地に向かって、
じわじわと溢れ出し、
水が溜まってしまう。
そして、その水は日本のそれとは違い、
何日も停滞してしまう。
今年は乾期になるまで、
まだ大分時間がある。
農作物への影響も心配だ。
行き場のない水は、
わしの怒りのように、
どこに発散すればいいのだろうか。。。
わしの怒りは私的なこと。
今日は夕方から酒を飲んで良い気分。
勢いで思いのたけを書き殴る、
厚顔無恥な点はご容赦を。。。。
それにしても、
雨が多く降れば困り、
雨が少なくても困る。
暑ければ文句を言い。
寒ければ文句を言う。
「我侭だな~人間だもの。ひよこ」
どじょう内閣は、
負けると分かっている総選挙はしないと思うが、
今度選挙をしたら、
前回と前々回の時のように、
愚民主党と自民党の議席が極端に逆転してしまうのではないかと危惧してしまう。
この極端な現象は何なんだろう。
多様な思想を持つ人々が、
お互い意見をぶつけながら、
共存できる社会が理想なのだろうが、
現実にはなかなか難しい。
国際社会の問題が話し合いで解決し、
同じ価値観を持つ社会になれば、
対立はなくなるかもしれないが、
それでは多様な社会とは矛盾してしまう。
矛盾と言えば、
保守とリベラル。
保守は改革を嫌い、
伝統的な価値観を保ちたいと思うのに対し、
リベラルは自由と改革。
という単純なイメージがある。
しかし、日本は保守が改憲。
リベラルが護憲。
何か言葉の矛盾。
わしも若いころはそう思ったが、
言葉ではリベラルの方が格好いい。
保守はいかにもオヤジ臭い。
この矛盾が、
世界で一番古い憲法を、
現世に合わないのも関わらず、
守り続けている、
原因の一つではないかと、
わしは密かに思っている。
(投稿当初は、酔っ払って、これ以降もぐだぐだと支離滅裂なことを書いていたが、
翌朝、読み返して、あまりにも恥ずかしいので削除しますm--m)
今年のタイは異常に雨が多い。
雨季なので連日のように雨が降るのは不思議ではないのだが、
今年は雨の降り方が例年と異なる。
いつもならスコール特有の、
夕方から夜にかけて、
雷を伴っての豪雨になり、
比較的短時間で止むことが多いが、
今年は所かまわず、朝方から未明まで、
豪雨に見舞われる。
夜半になれば、
必ずと言って良いほど、
雷雨が轟く。
それて、朝までしとしとと降り続く。
テレビでは連日、
洪水のニュースが流れている。
タイ領土の大半が平野なので、
タイ北部や東北部から、
川では処理できない水が、
低地に向かって、
じわじわと溢れ出し、
水が溜まってしまう。
そして、その水は日本のそれとは違い、
何日も停滞してしまう。
今年は乾期になるまで、
まだ大分時間がある。
農作物への影響も心配だ。
行き場のない水は、
わしの怒りのように、
どこに発散すればいいのだろうか。。。
わしの怒りは私的なこと。
今日は夕方から酒を飲んで良い気分。
勢いで思いのたけを書き殴る、
厚顔無恥な点はご容赦を。。。。
それにしても、
雨が多く降れば困り、
雨が少なくても困る。
暑ければ文句を言い。
寒ければ文句を言う。
「我侭だな~人間だもの。ひよこ」
どじょう内閣は、
負けると分かっている総選挙はしないと思うが、
今度選挙をしたら、
前回と前々回の時のように、
愚民主党と自民党の議席が極端に逆転してしまうのではないかと危惧してしまう。
この極端な現象は何なんだろう。
多様な思想を持つ人々が、
お互い意見をぶつけながら、
共存できる社会が理想なのだろうが、
現実にはなかなか難しい。
国際社会の問題が話し合いで解決し、
同じ価値観を持つ社会になれば、
対立はなくなるかもしれないが、
それでは多様な社会とは矛盾してしまう。
矛盾と言えば、
保守とリベラル。
保守は改革を嫌い、
伝統的な価値観を保ちたいと思うのに対し、
リベラルは自由と改革。
という単純なイメージがある。
しかし、日本は保守が改憲。
リベラルが護憲。
何か言葉の矛盾。
わしも若いころはそう思ったが、
言葉ではリベラルの方が格好いい。
保守はいかにもオヤジ臭い。
この矛盾が、
世界で一番古い憲法を、
現世に合わないのも関わらず、
守り続けている、
原因の一つではないかと、
わしは密かに思っている。
(投稿当初は、酔っ払って、これ以降もぐだぐだと支離滅裂なことを書いていたが、
翌朝、読み返して、あまりにも恥ずかしいので削除しますm--m)
2011年09月11日
911
10年一昔というが、
あれから明日で10年。
今少し調べると、
対テロ対策で犠牲になった兵は17600人にも上るらしい。
自由と平和を守るため、
命を懸けて戦う兵士に感謝し敬意を払いたいと思う。
一方、テロ組織側は、
軍のみで38500 - 46500人が死亡しているらしい。
テロの指導者とされたウサーマ・ビン=ラーディンを、
アメリカ軍の特殊部隊が殺害したことは、
記憶に新しい。
血で血を洗うことに、
出口は見えないが、
かと言って他に有効な手段はあるのだろうか。
日本と、
中国やロシア、そして半島との問題ですら、
平穏に解決出来ないのに、
永遠と続くこのややこしい問題を、
話し合いで解決することが出来ないのは明らかだろう。
「話し合えば分かる」と言う人ほど、
人の話を聞こうとしないのを見ても、
そのことはよく分かる。
本当に人間は何て愚かな動物なのか。
世界には様々な価値観、文化がある。
日本に比較的近いタイに住んでいても、
それを痛いほど実感する。
中近東はそれが更に違う。
種の多様性は、
種が存亡で最も重要な要素であると思うが、
対立することなく、
共存する方法はないのだろうか。
今現在も世界各地でテロを企んでいる卑劣な組織があるに違いない。
明日は911。
平和な一日であることを祈る。
あれから明日で10年。
今少し調べると、
対テロ対策で犠牲になった兵は17600人にも上るらしい。
自由と平和を守るため、
命を懸けて戦う兵士に感謝し敬意を払いたいと思う。
一方、テロ組織側は、
軍のみで38500 - 46500人が死亡しているらしい。
テロの指導者とされたウサーマ・ビン=ラーディンを、
アメリカ軍の特殊部隊が殺害したことは、
記憶に新しい。
血で血を洗うことに、
出口は見えないが、
かと言って他に有効な手段はあるのだろうか。
日本と、
中国やロシア、そして半島との問題ですら、
平穏に解決出来ないのに、
永遠と続くこのややこしい問題を、
話し合いで解決することが出来ないのは明らかだろう。
「話し合えば分かる」と言う人ほど、
人の話を聞こうとしないのを見ても、
そのことはよく分かる。
本当に人間は何て愚かな動物なのか。
世界には様々な価値観、文化がある。
日本に比較的近いタイに住んでいても、
それを痛いほど実感する。
中近東はそれが更に違う。
種の多様性は、
種が存亡で最も重要な要素であると思うが、
対立することなく、
共存する方法はないのだろうか。
今現在も世界各地でテロを企んでいる卑劣な組織があるに違いない。
明日は911。
平和な一日であることを祈る。
2011年09月04日
宿題
日本では芦田愛菜ちゃんが大人気とか。
動画で見ると、
愛らしい笑顔に、
しっかりとした受け答え。
確かにかわいい。
聞くと小学1年生だと言う。
という事はわしの娘より1学年下。
それにしたら、
小さい。
年齢の割に小柄なので、
余計に可愛らしさが際立つのだろう。
わしも親として一応、
娘の宿題を見ることがある。
教える科目は算数や英語。
もちろんタイ語は無理。
逆に娘が先生。
拙いタイ語で何度教えても、
簡単な繰り上げなどが理解出来ないことがある。
思わず、何で分からんのや!!
と腹が立つ。
娘も訳分からないタイ語で説明されて、
飽き飽きした顔。
愛菜ちゃんとは逆で、
娘はデカイ。
恐らく小学4年生ぐらいの体格。
しかし、頭脳は年齢相応かそれ以下。
だから、余計にアホちゃうか?
と思ってしまう。
でも考えたらまだ小学2年生。
掛け算を習い始めたばかりなのだ。
まあ、理解できなかった問題も、
数日後にはちゃんと理解している。
まあ、こうして徐々に成長していくんでしょうな~。
歳を取るとこの徐々にという気力が無くなる。
大体、人間は良い記憶しか残って無いので、
昔はすぐに出来たと思い勝ちだ。
だから一飛びに出来ないと嫌になる。
歳のせいにする。
すぐに出来ないものは最初から拒否。
慣れた方に行く。
こうして、成長が止まるんでしょうな。
はあ。。。
動画で見ると、
愛らしい笑顔に、
しっかりとした受け答え。
確かにかわいい。
聞くと小学1年生だと言う。
という事はわしの娘より1学年下。
それにしたら、
小さい。
年齢の割に小柄なので、
余計に可愛らしさが際立つのだろう。
わしも親として一応、
娘の宿題を見ることがある。
教える科目は算数や英語。
もちろんタイ語は無理。
逆に娘が先生。
拙いタイ語で何度教えても、
簡単な繰り上げなどが理解出来ないことがある。
思わず、何で分からんのや!!
と腹が立つ。
娘も訳分からないタイ語で説明されて、
飽き飽きした顔。
愛菜ちゃんとは逆で、
娘はデカイ。
恐らく小学4年生ぐらいの体格。
しかし、頭脳は年齢相応かそれ以下。
だから、余計にアホちゃうか?
と思ってしまう。
でも考えたらまだ小学2年生。
掛け算を習い始めたばかりなのだ。
まあ、理解できなかった問題も、
数日後にはちゃんと理解している。
まあ、こうして徐々に成長していくんでしょうな~。
歳を取るとこの徐々にという気力が無くなる。
大体、人間は良い記憶しか残って無いので、
昔はすぐに出来たと思い勝ちだ。
だから一飛びに出来ないと嫌になる。
歳のせいにする。
すぐに出来ないものは最初から拒否。
慣れた方に行く。
こうして、成長が止まるんでしょうな。
はあ。。。


